生きているだけで、元気だったらそれでいい、みたいな。

2006/05/08 VOL.41
P::hapi(有限会社ピーハピィ・エンタープライズ) 山本 恵さん

 水戸市に、結婚する二人の心に残るオリジナルパーティ・ウェディングをお手伝いする「P::hapi(有限会社ピーハピィ・エンタープライズ)」があります。今回は、ピーハピィ代表の山本恵さんにお話を伺いました。

 やらずに後悔するよりはやってみる

 高校を卒業後、一部上場企業に就職、そこで今のご主人と出会い20歳で結婚。2人のお子さんを育てながら、電子オルガン講師の資格を取り教室を開いていた。ある時、ブライダルのオルガン奏者の求人募集を見つけすぐさま応募。

  「私のモットーは、やらずに後悔するよりはやってみよう、なんです。悪く言えば石橋を叩かないタイプですよね。好きなオルガンを弾いてお金がもらえる、これだって思ったんです。」

 オルガン奏者を始めて5年ほど経った頃、奏者仲間の結婚式で司会者をやらせてもらうと、これが成功。本格的にやってみようとフリーで活動を始める。ウェディングプランナーという名前すらなく、司会者がこの役割を担っていた頃のこと。

  「司会者としてお客様と一緒に結婚式を創り上げていくことが、“楽しい、向いてる”って思いました。」

 奏者だけでももちろん楽しかったが、それ以上にお客様と向き合える司会者の仕事に大きなやりがいと魅力を感じたという。
 ちょうどその頃、ウェディングとは関連のないホームページ制作の仕事も舞い込む。人より少し興味がある程度のスキルだったが、それでも「やる気があるなら」と言われ、勉強しながら制作に挑む。家庭を持ち、2児の母でもありながら、司会、HP制作をもこなし、多忙な毎日を送っていたが充実していた、と振り返る。

  「私の場合、20代は家事と子育てで終わっちゃいましたから。周りの友達はどんどんキャリアを積んで、仕事もバリバリこなしてがんばっている姿をみながら、“いつかは自分も”って思っていました。」

 ある時、ブライダルの仕事の依頼を受けたが、法人でないと取引ができないと言われ、それならと、事業計画も準備しないまま2003年に会社を設立。

  「それも石橋を叩かないところですよね。少ないお金集めて作っちゃったんです。今考えてみるととても無謀ですよね。」

 会社を設立する1年前、実母と祖母が他界。仮に設立の話が1年早かったら考えられなかったそう。

  「母は生前、がんばれって言ってくれていましたから。この立ち上げには母とおばあちゃんの後押しがあったのかなって思います。」

 結婚式はみんなが笑顔になれる場所

 会社は、小規模なウェディングのプロデュースをメインに行う。

  「結婚した人の6割しか結婚式・披露宴を挙げなくて、残りの4割は籍を入れただけ、というデータがあって。でも実は写真だけ撮りたい、友人や家族だけで小さな会食をしたい、という方も多いんです。そういう方たちに、パーティーの提案したり、会場を紹介したり、お手伝いできればと思って。そして、うちのスタッフは私の想いを理解してくれる頼もしい存在です。」

 たとえ会社の利益につながらなくても、本当に良いところ、良いものならお客様のために紹介しよう、協力しよう、というスタンスは設立当初からのもの。
 山本さんにとってこの仕事の魅力は?

  「笑顔が減っている世の中ですよね、寂しいですけれど。そんな世の中なのに、結婚式ってみんなが笑顔になれる場所なんです。準備はもちろん大変だけど、そういう場面に立ち会えることが一番嬉しいですよね。自分まで一緒になってニコニコしちゃうし、その笑顔があるから辞められないんです。」

 お客様の仕事が終わってからの打合せも多く、9時〜17時きっかりに終わる仕事とはいかない。正直、睡眠時間も少ないそうだが、そのエネルギーはどこから?

  「基本的に人が大好きなんです。だから毎日が楽しくて。あとは、病気になったら何もできなくなっちゃう、やっぱり生きていないと何もできないって思うから。生前、母はとても明るくて元気な人だったのに、その母が病気になってしまって、そして看取って、それからより強くそう考えるようになりました。
 生きているだけで、元気だったらそれでいいみたいな。
 生きてるだけで丸儲けなんですよね。」

 楽しさだけじゃなく現実も伝える

 ある程度年齢を重ね、子育てをしてきた経験があるからこそできることがある、と考える山本さん。これからはウェディングプランナーを目指す人のバックアップや、人を育てるほうに力を注ぎたいという。

  「この仕事の楽しさももちろん教えるけど、現実そうじゃないよ、こういうのもあるよ、ということも教えていきたいですね。せっかくこの仕事に就いたなら続けてほしいですから。悩みがあればそれを受け止めて、またがんばってもらいたいなって思います。」

 自らをミーハーと認め、時間を作っては大好きなミスチルのコンサートに足を運ぶ。時には息子さんを誘って行くことも。ご主人との年1回の旅行も楽しみのひとつ。「ここまでこれたのは、家族の理解と協力があったから」と山本さん。家族を想う気持ちは、結婚したときからずっと変わらない。

  「年齢に関係なく、自分が楽しくやっていれば、仕事の形態がどんなに変わったとしても仕事はしていけると思います。私は、仕事でも遊びでもいつも何かをしていて、いつも動き回っている“動いたっきりばあさん”になりたいんです。ずっと動いていてそのまま死んでいくような(笑)。今の仕事の形態じゃなくてもいいんです。どこかで人と関わっていたいですね。」

 “山本さんみたいだったら40歳過ぎてもいいかな”と言われることが一番嬉しいことだそう。山本さんの溢れるエネルギーと元気なパワーは、話す相手も周りをも元気にさせてくれます。常に人との出会いを大切にしながら、自分がやるべきこと、目標をしっかり持って日々の仕事に取り組む。「これからもまだまだがんばりますよ!」と元気一杯に語っていただきました。