「喜んでもらえるお客様が少しずつ増えてきたかな」

2006/06/09 VOL.42
ぱん家 Croute(クルート) 大野 聡太郎さん

 水戸市泉町の街角にある「ぱん家・Croute(クルート)」。小さなお店には、お昼時になるとひっきりなしにお客さんがやってきます。ガラスケースや棚には、愛情がたっぷりに注がれたパンが並べられ、どれにしようかと悩むお客さんの姿もしばしば。そんなクルートの人気の秘密に迫るため、オーナーの大野聡太郎さんにお話を伺いました。

 正社員になりたくてパン屋に

 「パン屋になりたかったわけじゃなくて、とりあえず正社員になりたかったんです。」 高校卒業後、特にやりたいことが見つからなかった大野さんは、飲食店、カラオケ店、郵便配達などのアルバイトをしながら、今で言うフリーター生活を送っていたそう。23歳の頃、このままではいけないと思い旧伊勢甚にあったパン店の正社員募集に応募。 「応募したら受かって、やってみたらおもしろくて。」 正社員になりたいがために始めたパン作りだったが、そのおもしろさと魅力にはまる。

 両親が自営業という環境の中で育ち、“将来は自営業”という漠然した思いがあった。友人と飲みに行く度、お互いに“いつか自分のお店を持とう”という夢を語り合ったりもしたそうですが...。 「それから、友達は自分のお店を出したけど1年でダメになっちゃって。」 バブル期でもあり、先の読めない時代のこと。親の姿、友人の姿を通して、独立することの厳しさを痛感する。

 就職先のパン屋は全国に店舗をもつ有名店。パン作りの講習会で東京に行くと、水戸などの地方出身者は、“技術的に低いレベル”に見られがちで憤りを感じたこともあったとか。 「ちょうど東京の店舗で研修する機会があって、どれだけ腕が違うのか、職人としてのレベルはどうなのかって、そんなに言うならこの目で見てやろうと思いました。」 結果、技術的にも大差がないことが分かり、同じ会社で共に歩む仲間として、良い刺激を受けながら腕を磨いていく。

 就職して6年目、パン作りの工程など一通りマスターした大野さんは店長に昇格。しかし、店長となれば売上げや人のやりくりなど、お店全体を見なくてはならず、やりがいと楽しさを見出したパン作りから自然と遠のいてしまう。 「パンを作れない状況になってしまったことが一番辛かったですね。」

 自分の好きなことの原点に戻ろうと、8年間の正社員生活にピリオドをうち、2004年5月「クルート」オープンとなる。 「まったく自信がなかったけど、たまたま運良く融資も受けられたし、勢いとタイミングだったのかな。それに、店長をやって少しでも経営に関わってお店を始められたのも、いま思えば非常によかったのかなって思います。」

 “この前のパンおいしかったよ”ただそれだけ

 クルート一番の自信作であるフランスパン、いちじくや杏などドライフルーツがぎっしり詰まったパンオフリュイ、シソの葉入りのベーコンフランス、りんごとくるみのハーモニーが絶妙なリュスティックなど、どれも買う人の心をそそります。

 「前のパン屋で働いていたとき、夜ワインバーでアルバイトもしていたんです。そこのシェフから、料理やワインやチーズなんかとのパンの組み合わせとかを教えてもらって。例えば、カマンベールチーズの産地はりんごの産地でもあって、同じ産地のものを組み合わせると美味しいってことも教わって、実際に商品になったのも何点かあります。本当にいろんな発見がありました。そうしたことがこのパンの元になってるし、シェフに会わなかったらこのお店はなかったでしょうね。」 シェフとの出会いは大野さんの人生に大きな影響を与えたといいます。今はなくなってしまったワインバーだが、シェフとの交流は今でも続いているそう。

 朝6時前にはお店に来てパンを焼き、夜は20時頃まで片付けや翌日の準備をする。週1回の定休日も、買出しや仕込みや普段できない掃除をして終わってしまう日々。 「大変だけど、好きなことをやってるから耐えられるんでしょうね。サラリーマンだったら絶対ムリだったと思います。」 自分で始めたことだからやっていける。お店を持つようになって、会社員の時では分からなかった厳しさも楽しさも味わう毎日。そんな中で一番嬉しい時は?
 「“この前のパンおいしかったよ”と言ってもらえた時。ただそれだけなんですけどね。」
 最近はクルートで働いてみたいという問い合わせもあり、ある意味嬉しい反響だそう。ですが... 「そこまでは正直厳しいですね、給与面で(笑)。」

 信頼され続けるために

 自家製の天然酵母を使い、時間をかけて発酵した生地をひとつずつ丁寧に愛情を注ぎながら形作り、ふっくらと焼き上げられるパンの数々。

 「お店に出すパンは仕込みから焼き上がりまで、全てを自分で見ないと気が済まないんです。」 職人としての志とこだわりがクルートを支えます。今年5月、オープンからちょうど丸2年を迎えましたが、振り返ってみての感想は?
 「自分のパンをおいしいと思ってくれる、喜んでもらえるお客様が少しずつ増えたかな、って思えるようになりました。最初は本当に自分のパンが受け入れられるか心配だったけど、今はちょっとだけ手応えが感じられるようになったかも。相変わらず今も自信はないですけど」

 おいしいと言われた分だけ、次に食べる時の期待は大きくなる。 「信頼され続けるためには、より上のものを目指さないとならないんです。」 こうしたプレッシャーと厳しさは常について回るが、100人が100人“おいしい”と思えるものを作るのは不可能。その中でも分かってくれる人が少しでもいれば、がんばっていきたいといいます。

  「将来はパンだけでなく料理もやってみたいですね。料理はこだわりがあって美味しいのに、パンがイマイチってお店が多くて。パンは料理の引立て役で、いつも脇役になっちゃうから、パンを食べるための料理やワインを出せるお店がやれたらいいですね。」
 そう言いながら幸せそうにパンをこねる後ろ姿の中に、職人としての強い志と、熱い想いが隠されていました。ちなみに店名の“クルート”は、フランス語でパンの皮のこと。フランスパンで一番重要なのはパリパリした皮だという大野さんのこだわりがここでもうかがえました。