「結局、洋服屋という仕事になったけど...最初の夢と近いものが」

2006/09/05 VOL.45
喜久蔵久米洋服店 久米 稔さん

 水戸市宮町にあるビルの6F。木枠のドアを開けると、白い壁とアンティーク調の家具に囲まれた空間が広がります。ここは、1902年創業の歴史あるオーダースーツ専門店「喜久蔵久米洋服店」。代々受け継がれてきた洋服店は現在、久米稔さんが引き継いでいます。実はお店を継ぐつもりは全くなかったそうですが、今こうしている理由、お店に対する想いを伺いました。

 最初の就職は完全に敗北

 大学卒業後、某外食チェーン店に就職。飲食店の道を選んだ理由は、世界の国の人たちが情報交換できる場所を作りたかったから。学生時代、多くの留学生と交流をもち、たくさんの刺激を受けた経験からだった。しかし飲食店での仕事は想像以上に厳しく、半年もしないうちに退職することに...。

 「現実とのギャップが大きかったですね。甘くみてました。飲食のアルバイトとかもやったことなかったし、調理や全てが初めてで、完全についていけなくなってしまったんです。」

 25歳で茨城に戻り、就職活動をしながら、当時父親が1人で切り盛りしていた洋服店のチラシ作りなどを手伝っていた。しかし、お店を継ぐ気は全くと言っていいほどなかったそう。

 「小学校ときから父親に、店は継ぐなと言われていたんです。仕立て屋って景気が良いときはすごくよかったけど、量販店ができてからはどうしてもそっち流れが強くなってしまって、お店を継いでも生活は安定しないだろうって言われていたので。」

 継ぐ気は全くなかったが、倉庫の整理をしていると、昔のハンガーやスーツがたくさん出てきた。自分の知らない時代、一着一着心を込めて仕立てられたスーツを見ているうち、少しずつ気持ちが変化し、それは強い思いに変わっていった。そして、「もう一度、かっこいいものを出せるお店、おしゃれな人が通ってくれるお店に戻したい、盛り返したいって思ったんです。」

 久米さんのモットーは「やろうと決めたことは最後までやる」。なのに、最初の就職で失敗し、社会に負けたというハンデを背負ってしまった。そんな経験から「次に働く場所はどこであれ絶対に逃げない」と心に決めていた。洋服店を継ぐことは、あらゆる選択の中で、考えに考えぬきジャッジした結果だった。

 1年後とかに、あのスーツ着てもらえてるかなって...

 たくさんの情報が溢れ、ものが溢れる時代、どこにいても何かしらの情報が飛び込んできては、ものが寄ってくる現代社会ですが...。

 「これからはモノを選別する、自分に合ったものを選ぶ時代になると思うんです。そんな中で、若い世代の人たちにもっとオーダーというものに目を向けてもらいたいんです。」

 久米洋服店では、29,800円でオーダーできるリクルートスーツを販売している。正直、採算は厳しいが、「自分の好きなスタイル、かっこいいデザインで気軽に作れるんです。オーダーって敷居が高いとか、堅苦しいイメージがあるけど、そんなことはないんだ、っていうことを分かってもらいたくて。」

 自分のためだけに作られた、自分だけのスーツは、袖を通した時に違いが分かるそう。既製品にはない、自分の体型に溶け込むような着心地の良さを体感できる。着る側はもちろん、作り手にとっても愛着は自然と湧いてくる。

 「やっぱり、お客様から感謝いただけたときが一番嬉しいですね。採寸からデザインまでお客様と一緒に決めていくので、ずっと気になっちゃいます。1年後とかに、あのスーツ着てもらえてるかな、気に入ってくれたかなって思ったりしますから。」

 流行のスーツをマネすることは簡単だが、それはしない

 顧客は茨城県内が中心だが3割は東京だそう。顧客の同僚や友達など、口コミと紹介で東京まで広がった。

 「お客様からお客様を紹介していただけるということは、すごくありがたいことだなって思います。だからこそ真剣勝負だし、失敗はできないですけどね。」

 東京と比べると、茨城はどうしても流行が遅れがち。東京のお店を見て、流行のスーツをマネすることは簡単だが、それはしない。お客さんが感じるもの、求めるものを感じて、久米洋服店ならではの提案をする。

 本当に良いもの、お客様が納得するものを作るためには、お客様を知らないと作れない。それにはお客様を好きになることが一番大切なことだ、と。時にはクレームもあるそうだが、「誠意をもって、正直に仕事をしていけばきっと伝わると思います。仕事始めて2〜3年経ってから気づいたんですが、クレームを言うお客様ほど毎回不思議についてくれるんです。半年後にひょっこり来てくれたり。ほんとに不思議なんですけど。」

 洋服屋と喫茶店の中間くらいな感じ...

 今後は、スニーカーに合わせるようなカジュアルの服も扱う予定。

 「コットンジャケットとパンツと帽子だったり、休みの時に着るものを手頃な値段で作りたいなって。普段スーツを着ないという人向けに、ジーンズに合うジャケットとか、カジュアルだけどかっこいいものを作りたいですね」と、意気込む久米さんが目指すサービスは、ずばりホテルマンのサービス。お客様を迎えたときから見送りまでの接客、笑顔や心構えなど、ホテルマンには見習うべきポイントが数多くあると考える。

 お店を訪れる人は、必ずしもお客様というわけではなく、お客様の友達の、また友達、と広がりを見せていく。
 「結局、洋服屋という仕事になったけど、お店にはコーヒー飲みながら話ができるスペースもあるので、最初の夢と近いものがあるかなって思います。洋服屋と喫茶店の中間くらいな感じですよね。自分にはちょうど良いのかもしれません。」

 休みが苦手という久米さんは、休みの日でも仕事をしてしまうそう。
 「自営だから自分のペースで休みは作れるけど、仕事がすごく好きだし、楽しいから休まなくても大丈夫なんです。大変だとも思わないし。でも、唯一休みたいときがあるんですよ。それがですね、ちょっとお店の内装を変えたくて...。」
 やはり休日は仕事に関っていました。

 スーツに限らず、鞄、靴、飲食、家電製品まで、ここ最近「自分だけの」というオーダースタイルが見直され話題となってきています。「喜久蔵久米洋品店」は今後も活躍の場を広げてゆくことでしょう。