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“人形劇的表現”が必要なものなら、なんでも仕事
―ところでお仕事は、どこかのエイジェントのようなところからくるのですか?
今のところ紹介や口コミが大半ですね。今年初めて販促用のチラシを作りました。昨年、小学校4年生に人形劇を見せる機会があって、そこでとてもいい反応が返ってきたんです。そこで今年は県内のすべての小学校にチラシを発送してみようと思っています。
―お部屋に随分パソコンが並んでいますが、パソコンは人形劇のお仕事に不可欠なものなのでしょうか?
僕の場合音楽もパソコンで作りますし、顧客管理もパソコンでします。作曲をきっかけに15年以上パソコンを使っているので、仲のよいパートナーといった感じです。楽器のできない僕に音楽の可能性を与えてくれたのがパソコンだったんです。人類が石ころや棒きれを道具として使い始め、そのもっとも新しい形態の道具がコンピューターだと考えています。私のような超零細企業にとって時間の短縮化や創造のためのツールとして不可欠なモノになっています。
―それが、今ではコンピュータグラフィックの人形劇まで発展して。
人形劇的表現"が必要なものなら、なんでも仕事に結び付けています。 CGだって、人形劇的な表現だと思うので。
―コンピュータグラフィックスでキャラクターを操作するというのは、どういう効果があるんですか?
繊細なやわらかい動きが出ます。それとリアルタイムに動くから、昔はプログラムで動きを全部一枚一枚シーンごと録画していくためにすごく時間がかかったんですけど、
瞬時に動いて見えるから、演出しやすいですよね。
―テレビ局でもお仕事されているんですよね。
そうですね。東京と茨城を行ったりきたりです。明日も「ひとりでできるもん」の収録があります。
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食えればいいと居直れば、どんな仕事でもできる
―お仕事で難しいと感じる所はありますか?
漠然としたイメージを作品という形に変えていく過程が難しいですね。作品は作りつづけていくうちに、だんだん全貌が見えてくるもので、
途中経過では暗中模索なんですよ。その過程が苦しく難しいです。
でも自分の中にある、何かにかかっている靄のようなものを取り去って、少しずつ形をくっきり浮かび上がらせていく作業は楽しくもあります。
―既成の童話を、脚色して演じることは多くないのですか?
童話からも引用しますが、それはモチーフ(主題)としてであって、すべてではありません。すでにあるものから自分の描きたい世界をどこに見つけるか?それができてこないと作品になりません。だから僕のお芝居には、原作どおりっていう作品がないんです。
―田中さんのように、自分の好きなジャンルを仕事として成り立たせるにはどういう努力が必要でしょうか?
どんな職業でも言えることですが、自分の夢とか希望を具体的に形にしていくためにどうすべきか考え続け、なおかつそれを社会的に成立させるためにすべきことを同時に追求していけば必ず夢は叶うと思います。そして、そう信じることです。
幸いなことに、アフガンと違って日本は今戦争がないし、仕事だって選ばなければ色々ある。 これはとても幸せなことだと認識しなければならない。何をやってても、食ってはいけるんだから、好きなことで成功して贅沢したいなんてことにこだわっていたら、何もできないわけです。
なにが自分にとって大切なのか?リッチになることなのか?自分の好きなことをすることなのか?自分の夢の実現に焦点を置いて、食えればいいと居直れれば、どんな仕事でもできるというものです。「自分の夢」とか「自分の与えられた役割りを実現するための仕事」に出会うというのが、ますます大切な世の中になってきそうです。
その点僕が幸せだったのは、何も悩まず、好きなことを選択できる環境があったということでしょうか。人生の設計図を緻密に描いていたら、こうはならなかったでしょう。
―今は、なかなか自分のやりたいことが見つからないという悩みを持つ人が多いですね。
それは、「幸せすぎる不幸」の典型。今の日本の若者は、お金を出せば何でも手に入る高度に発展した自由主義経済の社会に住んでいて、自分の家に居れば、まず、衣食住には困らない。
これは飢えで苦しんでいる世界の子供たちに比べれば非常に幸せなわけです。
でも、楽だからその「家庭」に安住してしまって、外の世界に出て行かないし、免疫がない。対社会とか、対他人とかの関係性が浅薄で単純で、できれば自分が安心して我儘に暮らせる世界がいい、と思ってる。
それから、必要なものはすで何でもあるので、皆でものを作りあげるいう経験が無い。物質的幸せが、精神的未熟さを生み、それが不幸につながっている。
そんな気がします。
―ではどうしたらやりたいことが見つかるのでしょう。
やりたいことは、自分で勝ち取るもので、誰かが与えてくれるものではないということをまず知らなくてはなりません。その次に自分の意思で自分の責任でことを進めるのだから、
そこにはリスクがあるということも覚悟しなくてはならない。出来る限り早く自立して、自分の意志で歩いていほしいと思います。親に甘えない。そうすればなんでも出来るようになると思う。
―身近に自分のやりたいこと目指している人たちの例はありますか?
僕は、リリー保育福祉専門学校で幼児教育者を目指している生徒達に教えているのだけれど、彼らには幼児教育を目指そうという動機にそれぞれ原点がある。たとえば、子供が好きだとか、経験や出会いを通して仕事に憧れをもったなどという原点。それがあるだけ、彼らは幸せだと僕は思うね。
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人形劇を見ている子供の笑顔を見るのが好き
―独立されてから、今年で25年ですが、その間日本の子供達に変化はありましたか?
子供の生きる、社会環境は大きく変わりました。メディアが進化したせいでしょうか、4歳位で、もうある程度の社会性を身に付けます。
そして、親やテレビから、大量の言葉で身の回りのものを全部説明されているから、言葉で聞いたものにしか反応できなくなってきている。目に見えないことを全体から感じ取ることのできない子供が、随分出てきていますね。
―それはたとえばどういうことですか?
神秘的な気配を感じるとか、たとえば神様や鬼がいるとかですね。木が風で揺れる・・・そこに命を感じとるとか。そういう感受性や情緒が無くなりつつある気がするんです。
人工的な部屋の中にいて、人工的なテレビ見て、自然に触れ合わないから、 世界に対する感受性が鈍くなっているような気がしますね。
―田中さん自身のこれからの夢は何でしょう?
人形劇で表現できる、新たな世界を作りたい。・・・でもまだはっきり見えてないんです。
―子供達に向けた、新たな世界ですか?
そうです、僕の表現対象は明確に子供達です。 どういうわけか昔から子供が好きで、その子供達に、「ある世界」を伝えたい・・・という思いがずっとあって。
人形劇が好きで続けていると、自分でも思ってたんですが、そうじゃないということに最近気がついたんです。
僕は、人形劇を見ている子供達の笑顔を見るのが好きだから、 人形劇をやっているんです。
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