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『こっちがいろいろ手を加えて
変えていくっていうのが結局好きなんです』
2003/11/20 VOL.23
ヘアショップ キッド 松本 祐二さん


松本 祐二
Yuuji Mtsumoto

茨城県東海村出身。
S41年7月16日生まれ。AB型。

■趣味
バイクは、現在Suzuki GSX400、Kawasaki Eliminator400をレストア中。パソコンは完動品7台所有、うち5台はPC98マシン。その他、スキー・釣りなど。

■学歴
勝田高校卒〜東京映像芸術学院〜国際美容理容専門学校卒

■職歴
ヘアショップキッド(神奈川)〜
ヘアサロンイーグル(渋谷)〜
ヘアサロンひげ(神奈川)〜
現在、ヘアショップキッド

ヘアショップ キッド
hair shop KID

■営業
8:00〜20:00
火曜・第二第三月曜休

■所在地
東海村舟石川 571-54
TEL:029-282-2873

 

 






『最初は映画の学校に行ったんです』

―このお店をはじめたきっかけは?

・・・きっかけは母親がやっていたから、その店を二代目として継ぐということを主に考えながらも・・・まず東京に出てみて、専門学校に行って。最初は映画の学校に行ったんです。

―映画の?では最初から継ぐ意思はなかったと?

最初は継ぐつもりはなくて、まずは東京に出てみようと。映画が好きだったから、映画の専門学校に行ったんですけれど、映画の世界に入ってみて、・・・自分に合わないわけではないけれど、まあ違うな、と。それでぼんやり一年ぐらいアルバイトしていて、居酒屋さんで働いていたんです。結局、夜昼逆な生活が続いたから・・・その夜昼逆な生活がイヤだった。で、やっぱり昼間の仕事に戻ろうと。そう思ったときに、行きつけの床屋さんに、「あなたはお母さんがやってるんだったら、継ぐのが一番懸命だ」と、そう、飲みに連れてってもらって教えてもらったんです。

映画のほうは半年ぐらい行ってみて、もう映画のほうでは食べていこうとは思わなくなっていたんです。


『その選択、 そこを迷いながら卒業しちゃった』

―それは?

なんでかな?高校を出てすぐ決めろ、ということになってしまっていたわけで。高校生活はぼんやり過ごしちゃっていたので。結局、大学行こうか、専門学校行こうか、就職しようか、その選択、そこを迷いながら卒業しちゃったんですね。で、結局どちらつかずで、で、まあ一番安易な、すぐに入れる専門学校に進むという道を選んじゃった。で結局はそれは合わない。と自分で気づいた、ということですね。


『そのときには・・・床屋さんの道が本当の道なのかってのは、まだ・・・』

―映画の道をやめることには迷いはなかった?

そのときには迷いはなかったですね。ただそこで床屋さんの道が本当の道なのかってのはまだわかってはいなかったんですけれど・・・。
学校に行ってるときには、まだ、なんとなく僕はこの道を進まなきゃいけないのかな?と。やっぱり長男だし、親のあとを継ぐのがいいのかな?とまだぼんやりした、惰性で行っちゃったような感じなんですけどね。

次にインターンに。でインターンが僕の道を決めたんですね。もうここで食ってくぞって言うのを。うん、やっぱりインターン時代です。


『自分にとっての「床屋」』

―インターン時代に何が?

インターン時代に知り合った九州から出てきてる28歳のマスターがすごくいい人で。今のヘアショップキッドって言うのもその人が持ってたお店の名前なんです。
そこで昔の床屋さんじゃなくて、・・・自分のイメージの中にあった自分の母親から考えていた床屋さん床屋さんした形じゃなく新たな床屋さんを作ろうって動きが、お店にあった。
僕はその形でやってこうかな、と。自分にとっての「床屋」を・・・再発見というか見つけたんですよね。

―そこからはまっすぐに?

でも、やっぱり床屋さんっていうのは、何件かあるったほうが良い、という話しを聞いて、マスターに話しをしたら、じゃあ君は少し美容のほうに行ってみたらどうか、と。で、知り合いの美容室に移ったんです。


『ああいうのが欠けてるわけだから僕には。まだその時点では』

―理容師が美容室へ?

まあ、ここで一度理容師をやめたってことになっちゃったわけですね。やめてもう一度一からやり直して美容師の見習い。シャンプーボーイからやり直し。その間に美容の技術、ワンレンとか、そういう美容のテストを受けて。で、自分で納得して2年。そこで美容の勉強を、参考にさせてもらって、で、床屋にまた戻りました。で、そこからはずーっと、やっぱり従来の・・・古い仕事。角刈りとかアイパーとかパンチパーマだとか。ああいうのが欠けてるわけだから僕には。まだその時点では若い人ら相手ばかりでしたから。だからそれを補うために、今度は、ほんとに床屋さんの・・・その、古い老舗みたいなところに入ってで、一からもう一回。

だから結局、一件目の人が「あなたが行く方向を」、僕が行く方向をね、教えてくれたって言うか。結局、美容もやらなきゃいけないし、従来の床屋さんの古い仕事もやらなくちゃいけない、で、幅広くこれからはやっていかなくちゃならない。ま、若い人から・・・子供からお年寄りまで、何でもこなせますよ、と。


『とにかく27までには独立しようと。』

―独立したのは?

で、独立したのは、結局、その、僕の目標は、元のそのキッドのマスターだったので、その人が27才だったから、まあ27才までには、と思っていて。結局、27才の・・・28才まで3ヶ月前ぐらいのとき、とにかく27までには独立しようと。まだ不安はありましたけど・・・でも、そこは、母親がやっていたから、その二代目ってことで。

―じゃしっかりした期限・目標を決めていた、と?

そうですね。とにかくその道を教えてくれたマスターが自分でもそうなりたいと思ってる目標なわけですから。その人の真似ではないけど、・・・まあ、追いつこうと。

―独立してみて?

独立して、働きましたね、すごく忙しいバブル時代。たしかに個人の店、チェーン店じゃなくて、難しいものはありますけどやっぱり人間同士だから、お客さんと、だから面白いのは面白い。やりがいがあります。


『そこがピタっとあたったときに、固定のお客さんに』

―接客で気をつけていることは?

お客さんが求めた髪の長さとずれないように。やっぱりこっちで考えた長さとお客さんの思う長さがずれては・・・そこがピタっとあたったときに、固定のお客さんになってくれると思うんで。

―技術が売り?

そう、うちはそうですね。ま、技術がほとんど、半分以上は占めてます。技術を売りにして考えてる。
でもそれでも技術だけじゃダメで、キッドって名前の由来じゃないですけど 子供からお年寄りまで、やっぱり幅広く話せるように、とは思ってます。今の小学生とか結構しゃべらない子とか多いから、そういう子をしゃべらせる。それで、結局、ずーっと中学生になってま、恋愛の話しもあるだろうし、オートバイの話しもあるだろうしそういうのを全部聞いて、ま、床屋さんのお兄ちゃんみたいな、オジサンみたいな・・・いつまでお兄ちゃんだかわからないですけど・・・そういうノリを目指してるっていう感じです。



『自分で手を入れないと 気がすまない』

―趣味のパソコンとかバイクとか、それは?

仕事とプライベートっていうか遊びっていうか、それは分けてます。そこは完全に分けたほうが良いような気がするんですけどね。仕事のときは仕事一生懸命やって、終わったら、じゃ釣りでもバイクでも行っちゃおうってね。
ああ、そう、お客さんとの会話には使える。どこが釣れてるのポイント?とか。そういう話題性、それはありますね。

―バイクはどんなこだわりが?

バイクはね、ヘンな話、新しいのが嫌い。新しいのが嫌いで、それで結局自分で手を入れないと 気がすまないんです。
パソコンもそうですど、PC98の安いものを買ってきて自分で手を入れながら 今のマシンに近づけられるように・・・。まあ改造ですね、結局は。
バイクはそうやって作り上げたら、自分で乗って、それで飽きたら売って、また、結局、作ることっていうか改造のほうが主に趣味なんですね、乗ること、乗り回すことよりも。

―ということは職業と関連性がある?

そうですね。結局、お客さんの頭を見て、ぱっと浮かぶっていうのは、バイクみて、これはどういう風に作ろうかと、98だったら、どんな風な仕様にしようか、と。同じようになってくるんだと思うんですよね。

―ということは趣味と仕事はまったくの平行線じゃなくて、おなじ頭の使い方?

そうですね。思うことは一緒かもしれないですね。

―ということは趣味であっても頭の中は常に「働いている」?

それはありますね。


『変えていくっていうの 結局好きなんです』

―一方的なサービスを受けるというより・・・?

そういうのはないですね。こっちがいろいろ手を加えて、変えていくっていうのが結局好きなんですよね。
だからお客さんに、最後に「うわっ変わったね!うん良いよなかなか」 って言われたら、もうそれで疲れが飛んじゃいますね、結局は。


『誰が中心って言うお客さんを集めたいわけじゃない』

―同じ職業を目指す人には?

安い床屋さんとか出てきてるから、床屋の業界も厳しいだろうけどやっぱり自分の技術に自信を持って、やっていけばお客さんは、応えてくれると思います。(マーケット的には)幅広く・・・やっぱりこういう田舎ですから都会とかとは違って、やっぱり、お子さんからおじいちゃんまでっていう形になるでしょうから。まじめにやって、その人の気分良く、ある程度、多少無理を言われるときもあるけどそういうの聞いてあげれば、地域密着型でやれば、うん、ぜんぜん問題ないと、そう思います。

―今後の展望は?

できれば息子とか、みんな家族で、もう一店舗とか。すこし増やして、とか。あるいは、増やさないまでも、・・・やっぱり家族でみんなでやっていきたいなとは思ってます。
うちはキッドで言う名前ですからね、子供から・・・誰が中心って言うお客さんを集めたいわけじゃないですから、やっぱり、親子ニ代とかね、親子三代とかできてくれるお客さんを大切にしていきたいです。あと、子供なんか泣くから、よく床屋さんになんか恥ずかしくて連れて行けないとか、あるけど、うちはそういうのは考えてなくて、そういう子のほうが、これから床屋さんに慣れてもらってどんどん自由にこれるように、大切にしたい、そんなふうに考えてます。

 



 

 




インタビューを終えて

二代続く街中の床屋さん、というイメージでお話を伺い始めると、映画の専門学校に、という松本さんの意外な経歴が。「ぼんやりと」高校を卒業してしまって、というお話は、私自身にも身につまされることでした。
けれど結果的にはご実家の理容室を継いだ形でも、意味的には松本さんご自身にとっての「理容室」を新たに自分の中でつかみとった。与えられたイメージではなく、自分自身にとってのイメージを新たに構築した、ということなんですね。その時点から仕事に対する自信・やりがいを感じ始めた、というのはどんな仕事でもとても大切なことのような気がします。
また仕事とはジャンルの違う趣味でも、「心の構え」のようなものがすべて同じ事なども、「ぼんやりと」過ごしていたとは思えないくらい、生活のすべての瞬間でしっかり意味を捉え、生活のすべての側面でしっかり意図を通す、そんな生き方全体がきっちりとコーディネイトされた印象を受けました。自分の生活を省みる点の多い、得る点の多いお話をお伺いすることが出来ました。ありがとうございました。