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 福の神がついてるような。
いたるところについてるような・・・ 
20../../../../../12 VOL.24
有限会社 ペコジュニア 阿部 利弥さん


阿部 利弥
Toshiya Abe

茨城県日立市出身。
1957年3月22日生まれ。

■学歴
日立一高〜
東放学園〜
サンフランシスコ大学

■職歴
広告製作会社
グレートコーポレーション〜
(株)アルパイン〜
アルパイン U.K.出向〜
現在、(有)ペコジュニア

■趣味
ゴルフ・読書

■性格
のんき

■影響を受けた人物
司馬遼太郎

■不二家サーティワン日立店
日立市平和町 1-1-6
TEL:0294-22-3013

■不二家大みか店
日立市大みか町 1-5-17
TEL:0294-54-1033

■不二家多賀店
日立市千石町 1-2-15
TEL:0294-38-3333

■不二家サーティワン
       高萩サティ店

高萩市安良川 239-2
TEL:0293-20-5115

 

 






うちの両親が31年前・・・

―このお店をはじめたきっかけは?

・・・うちの両親が31年前、日立で・・・今の1/3くらいの広さの店でした。父がちょっと怪我をして、転職を余儀なくされたのがきっかけでした。

―ご両親の後をそのまま継いだと?

あの・・・ぜんぜんそういう気なかったんです。 僕は広告作るんだっていって、広告屋さんしかいくつもりなかったんです。 高校から専門学校、マスコミ系の専門学校に行って、それから広告会社に入って、1年ぐらいして・・・そしたら過労で倒れて・・・で、チョッと考えて・・・ ていうのは、ホント、昼間撮影して、夜編集して、でそのままガ〜って打ち上げやってチョッと寝てまた次の日やって。気が付いたら体が限界だったんです。


いきなり発砲してきますから

―それでお仕事をやめてアメリカへ?

そのきっかけか・・・たまたま海外にロケ隊が出てて、帰ってきたら外人の女の子たちと友達になって連れてきてるのを、僕もいっしょになって遊んだりしていて、で、何人かと話していると、結構話が通じる。そんならば・・・オレも行っちゃおうって。それで辞めちゃって、結局学生になって、それで行っちゃんたんです。

―ご両親の反対は?

あ、もうぜんぜん好きなことやらしてくれたんです。
その当時、両親はこれは一代で終わる仕事だと考えていたと思います。

―ではアメリカの大学を選択したときにはそこで成功する、やっていくという気で?

いや、もうその時には、なんだろう、もうこのままアメリカにいたらば、どこで野垂れ死ぬかわかんないって。もうすぐその辺で撃たれちゃうから。ものすごく白人の・・・白人・黒人・アジア系もいますけど、黒人の悪い奴は、悪いって言っても大した事してないんです。でも白人の悪い奴は、いきなり発砲してきますから。怖〜いこの国、と思って。生活するのに。
だから卒業するころには、もう日本に帰るぞって気持ちだったです。

イギリスは・・・住みつづけても良いような

―で日本に帰ってこられて・・・

オーディオ関系で音楽とかオーディオが好きだったんで。で、そこが良いよっていう所に入って。 中途採用ってかたちで。で、入ったのが国際営業部ってところで。 ちょうど車の・・・ボルボとかBMW、ジャガー、ベンツとかそういうところにカーオーディオをOEM供給していくっていう。

―アメリカの大学生活の語学力なども活かして?

そこで仕事をしていくうちに、こっち行ってこいだとか、あっち行ってこいだとか。イギリスは良かったです。実際に住んだのは5年間でしたが、もっと住み続けてもいいような。そうですね。 ・・・多分そのままいたらば、またアメリカに転勤になっていたかもしれない。そういう生活もあったかもしれない。

―で、また日本に戻ってこられた後、さらにご実家を継いだ。

イギリスへの出向期間が終わって、帰ってこいといわれたときに、ちょうど日本側の受け皿がすごく弱々しく見えちゃったんですよね。なんかもう少し気合入れなくちゃだめだ、と。俺が帰って何とかするぞって。で、帰ってきてみたら弱々しく映って見えていたのが、彼らも精一杯やっている。僕が行っても精一杯だった。
 その当時、親父の体調がよろしくないって言われて…今はぴんぴんしてるんだけど。で、それは行かなきゃまずいと思って、で申し訳ないけど辞めますって言って。

「オメー!笑ってんじゃねー」って

―ご実家を継ぐのは、不本意で?

いや、そういうことはないです。家族の・・・あの、一生懸命なんでもやってますから、うちの両親も。そういうなかで、僕がこういう事したいって言うのも、一生懸命させてくれた。それに対しては恩義を感じてるっていうか、そういうのはありますね。

―ご自身では満足してる、と?

両親はもっと一生懸命やって欲しい、と思ってるでしょうね。

あと、顔つきが笑い顔なんですよね。ものすごくのどかって言うか、何してても、周りから余裕あるようにみられる。本人はシャカリキになってるのに、「いいな余裕があって」ってよく言われることがあります。アルパインの時なんか、ものすごく真剣な会議中にいきなり「オメー!笑ってんじゃねー」って。「いや、笑ってないですよ」って。
だから、そういう意味では、なんていうんですか、福の神がついてるような。 いたるところについてるようなところはあるかもしれません。


銀座の味・アメリカの味・・・

―ケーキ店の仕事とは?

フランチャイズビジネスですから、本社がある程度プログラムを企画してきます。それを受けて個店対応になるのですが、不二家のほうは、店の奥で製造した商品と、 工場から商品を季節感を生かしてバランス良く販売しています。
サーティワンのほうも年間で季節季節に味の違うアイスクリームをそろえてきます。
で、たとえば、アップルパイとアイスクリームをあわせればおいしいでしょう、みたいにお客様に喜んでいただけるような事を考えながら接客する。

あと基本的には、銀座の味を、あなたの街の不二家で気軽に楽しんでいただくということです。だからミョーに、あの、高くも安くもなくてちょっと微妙な価格帯の商品が多くなるのかな・・・ただ不二家ならではの味もあるし。味っていうのは、ちょと成分が変わると違ってきてしまいますので、全国共通なものにするために、本社も努力してるし全国のお店も努力してる。
サーティワンも同じく、アメリカの楽しさを日本で!みたいなアプローチになっています。



僕がやると商品にならないんで・・・

―バースデイケーキの名前とか?

名前はチョコペンを使ってすぐかけますね。コツがちょっとありますが、アルバイトもこれが出来ないと時給が上がりません。

―ご自身でも?

トレーニングは一応受けてます。でも・・・サーティワンのほうはシンプルなんでそんなに問題ないんですけど、不二家のほうは、(ケーキの上のクリームを)丸く飾るでしょう?あれ結構丸くならないんですよ。僕がやると商品にならないんで、あんまりさわらないんですけど。お客さんがくると、僕こっち(サーティワン)見てるから、誰かそっち見てって。

―あまったケーキって?

お店の子のおやつです。あとはどうしようもないときには知り合いとか親戚とか。今は超低温保存の技術が確立されてますので、店頭の売れ行きを見ながら製造していきますから。そういう意味では損傷数ってそんなに出ないですね。でも天候に左右されたり、予想が大きく外れたり、どうしようもなくてってのやはりありますけど。

うまくつかめるようになるのが一苦労

―これからクリスマスですが?

クリスマスうまくいけばとりあえず翌年一年間食べていけるんだけどもクリスマスに失敗しちゃうと、翌年借り入れでもしないと生きていけない。
だからいっぺん失敗しちゃうと、2年間苦しくなっちゃうんですよね。前の分の借金を返してってやってますから。だからクリスマスに売り上げの山があって、ひな祭りで小さいのがちょっとあって、あとはずーっと低いですから。
サーティワンはもっと波が大きいです。夏と冬では3倍以上の違いがでます。ただ、ケーキは冬のほうが売り上げが大きくて、アイスは夏なので一応補完してはいます。

―ケーキの大変なところは?

つかむのが。ケーキってやわらかいじゃないですか。それをうまくつかめるようになるのが一苦労。あと形がいろいろしてるでしょう。それを四角い箱の中に入れるわけなんで
どういう風に入れたらば、きれいに見えて、バランスが良くて、持ち帰っても倒れないか・・・

―単純に入れるだけじゃなく、考えるんですか?

考えますね。それができるようになるまで、やっぱりアルバイトの子とかが、やっぱり
2週間から3週間くらい・・・まあ、毎日来るわけじゃないですから、週に3日とかじゃないですか、とりあえず一月くらいたつとなんとかできるようになるかな、と思うと、 「あの、辞めます」なんて言われるとがっかりします。そういう人の点ですね。

だから季節的な変動と、あと人件費をともなう人的資源、それが大変ですね。 こんなに大変だとは思わなかった!


見えない資産があるんです

―将来性は?ブランド力は確かですよね?

ちょうど不二家は今年93周年っていうプロモーションをやってて、来年は94周年っていう、・・・なんでそんなに半端は数字を使うのかわからないですけど・・・今年から銀座の有名店のシェフをスカウトしてきて商品展開自体変えてきてるんですよね。
ご覧になってわかるとおり、350円とか380円とか、あの、ちょっと高いんじゃないのっていうぐらいの商品展開を出してきてるんです。すごくきれいにできてるし、いい商品です。食べてもおいしいですし。

あと面白いのは、このフランチャイズをはじめてから多分40年ぐらい経ってると思うんですけど、その間に、蓄積されたFCのノウハウ、 もうものすごいノウハウがあると思うんです。それは、最近のFCとは違う温かみのあるFCです。
それとあと全国にあるだいたい1000店舗が、それぞれFCオーナーの出資によって成り立っていますから、実際の、不二家本社の持ってる見かけの資産に対して、実は、FCの1000店舗分の見えない資産があるんですよ。それぞれ、FC店のオーナーがが投資してるんですよ。それがすごい大きい。

長生きしてれば・・・海外で

―ご自身の夢は?

僕は、あの、たぶんね、・・・あんまり長生きしないと思うんですけど、思ったより長生きしてれば、あの、少し多少お金持って海外で生活したいな、と。アメリカで(留学時代)暮らしてみて、イギリスで暮らしてみて、だから今度は東南アジアでもいいかなって。でも、たぶんうちの家内がついてこないだろうから、たぶんアメリカかヨーロッパだと思うんですけど。

―ではそれ(移住)までは「明るく楽しく」仕事をしていくと?

そうですね。とりあえずね、仕事っていうか、楽しいぞ、と。要は、それだけ今の不二家の仕事が楽しいのかもしれない。粘土細工してるみたいなもんじゃないですか、そういう楽しさがあるかもしれない。

―ありがとうございました。






















 




































インタビューを終えて

いかにもケーキ屋さんの穏やかなご主人という見かけとは裏腹に、アメリカ留学生活・イギリス転勤など、グローバルな行動派の阿部さん。「すぐ撃たれて殺されちゃう」といったインタビューのお話しの合間にお客さんの対応をしているのを拝見すると、しっかり「穏便なサーティワンのお店の人」という物腰に。その引出しの多さに驚きました。
「愛と真心」という不二家の標語が通じるか、という観点で人と接する、とか、「好きなことをさせてくれた」というご両親への率直な感謝の表現など、内側へ向けての関心の持ち方。それとは逆の、フランチャイズ事業の捉え方、また将来の海外移住の夢など、外向きの関心。その両側面へかなり広く関心・視野を広げて、またそれがいいバランスを保っている。そのバランス(プラス笑い顔?)ゆえの「福の神」をともなう生活なのでしょうね。
ペコちゃん誘拐事件など、この他にもいろいろ面白いお話しも聞けて、阿部さんお仕事・生き方をうまくトッピングしたケーキをいただいかのような、「美味しい」インタビューをさせていただきました。ありがとうございました。