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 そもそもピアノって・・・生き物なんですよ。
2004/03/12 VOL.25
株式会社 平山ピアノ社 平山 響一郎さん


平山 響一郎
Kyoichiro Hirayama

茨城県水戸市出身。
S43年7月3日生まれ。

■学歴
高校卒業後、調律専門学校へ

■職歴
イースタイン社(宇都宮市)〜
株式会社松尾楽器商会(神戸市)〜
平山ピアノ社(水戸市)
■趣味
ライブを見る

■性格
やさしくてキツイ

株式会社平山ピアノ社
茨城県水戸市東原2-6-5
(水戸駅より自由が丘バス停前)
TEL:029-226-1238(代)
創業 1936年

業務紹介
ピアノ販売
ピアノ修理・調律
ピアノ教室運営

 

 






イースタイン社での修業を経て、神戸のピアノメーカーへ

―平山さんもお父様と同じように(企業の本音 No30 参照)栃木のイースタイン社で修業をされたそうですね。

・・・1989年の4月からですから、ちょうど21歳の時です。それから工場が閉鎖されるまでの1年半くらいの間、弦を張ったり手の動きを弦に伝えるアクションの組み立てなど、仕上げの工程を担当していました。父の話にもあったと思いますが、そのころの工場はもう規模が縮小されてきてましたから、わずか10人ほどの従業員しかいませんでした。
 工場には、僕のような研修生が他にもいたのですが、研修生はみんな「あんちゃん」って呼ばれて、厳しいときもありましたが、丁寧に指導してもらいましたよ。普通だったら1時間でできてしまう仕事に2日かかったとしても「とにかくいいものを作れ、早く社会に出て親孝行しろ」って口癖のようによく言われましたね。短い間でしたが、熟練した技術者の技を間近で見ることができて、貴重な経験をさせてもらいました。

―工場が閉鎖されてから、その後神戸に行かれたそうですね。どのようなお仕事をされたのでしょうか?

 当時、スタンウェイピアノの総代理店だった「松尾楽器商会」に入社しました。スタンウェイはコンサート用ピアノを中心に扱っているメーカーで、茨城県だったら、日立のシビックセンター、水戸芸術館や文化センター、市民会館、ひたちなかや鹿島までほとんどのホールでスタンウェイのピアノが使用されていると思います。ですから、僕も必然的にコンサートホールなどにあるピアノを中心に、調律・調整を担当していました。

―コンサート用ピアノだと多くの人が聴くことになりますから、より緊張感がありそうですね。

 たまに、コンサートの本番中に調整するときもあるんですよ。そうすると何千人というお客さんの前で調整をしなくてはなりませんから、最初は物凄く緊張しましたね。でも、慣れてきたらその緊張感もおもしろさに変わったかな。

大阪ブルーノート専属チューナーとして活躍

―松尾楽器商会に入ったきっかけは?

 イースタインが閉鎖になってしまってから、たまたま松尾楽器商会の人と釣りに行く機会があったんです。ちょうど神戸に支店が立ち上がったばかりの時で、若くて適当に使える人間が欲しかったそうです。僕もその時、仕事がなかったので「だったら神戸に来る?」みたいなノリで誘われたんです。でも、最初って使いものになりませんから、入社した頃は給料もなく丁稚奉公状態で、ひたすら技術を勉強する毎日です。働く大学に行くような感覚でしたね。それから1年も経たないうちに、大阪ブルーノートの専属としてピアノの技術を担当させてもらえるようになったんです。

―ブルーノートといえば、東京・名古屋・福岡などを中心として国内外から大物ミュージシャンがやってくるライブハウスですよね。そこの専属チューナーというのは凄いですね!

その頃はちょうどバブル期で、ホールは増えるしピアノも売れるしで、会社にはどんどん仕事が舞い込んできたんです。大阪のブルーノートもオープンしたばかりの時で、専属チューナーを探していたんですね。ある日、上司から「やる?」みたいなノリで言われたことがきっかけで、それから10年間専属としてやらせてもらったんです。

―なんか「来る?」、「やる?」みたいな簡単なノリが多いですね(笑)。

 きっかけってそんなもんですよね(笑)。他のみんなも聞かれたんですが、「う〜ん」って怖気づいちゃうんですよ。でも、僕はチャンスだと思ったので「やる」と言ったんです。ただ、やると言ったはいいのですが、実際やってみるとチューニングがなかなかうまくいかなくて。というのも、その時は知らなかったのですが、実はそのピアノ、じゃじゃ馬みたいな相当なクセがあったんです。
 そもそもピアノって、木と鉄できたものですから、湿度やライトによって弦が伸び縮みするという、いわば生きものなんですよ。ブルーノートのピアノは、クセがありすぎて、チューニングをするのにもコツが必要だったんですね。みんながやりたがらないわけです。僕は、なんとかコツをつかむことができて、ここまでやってくることができました。


―それはやはり平山さんの実力なんでしょうね。ブルーノートでのお仕事はいかがでしたか?

 最初は、ものすごいプレッシャーでしたよ。今でもはっきり覚えているんですが、専属になったばかりの頃、先輩に脅かされたんです。そのアーティストは「ウイントン・マルサリス」という有名なトランペッターだったんですが、カーネギーホールで伴奏のピアノの調律が悪いと、本番中2回も中断させたって言うんです。「そんなの嘘だ」って思いながら、当日を迎えたわけですが、結局中断もなくコンサートは無事終了しました。だから「やっぱり嘘だった」って思っていたんですが、何年かしてから、ブルーノートのマネージャーに「昔こんなこと言われて脅かされた」って話をしたら、「それ、本当のことだよ」って言われて、「えっ」って感じでした(笑)。
 また、この仕事をしてきたことで、普通だったら会えないような有名ミュージシャンと一緒に仕事ができて嬉しかったですね。ミュージシャンの希望に合った音色(ねいろ)を調整したり、音の問題について話し合ったりととてもやりがいがありました。リハーサルから本番終了まで真剣勝負ですが、ついでにタダで音楽を聞くこともできちゃいますから、そういう部分では得したかな(笑)?



今の技術を生かしてやれることをやっていきたい

―今後の展開をお聞かせください。

 水戸に帰ってきてからは、一般家庭やコンサート会場などを回っています。やはり年度末の今の時期は忙しいですね。それでもやることは一緒ですから、毎回勉強と発見の連続です。これからも、この技術を十分に活かしてお客様に喜んでもらえる仕事ができればと思っています。
 また、仕事じゃなく趣味なんですが、最近、水戸のお店やホテルのバーなどにジャズを中心とした若手ミュージシャンを紹介して、ライブイベントの提案をしています。もともとジャズが好きだし、今までやってきた仕事のつながりで情報も集まってくるし依頼も多いんです。自分の経験を活かしてもっと水戸で音楽を活性化させて、情報発信の手伝いができたらいいかなと。若いミュージシャンが小さな舞台をきっかけに大きく成長していったり、初めてジャズを聴いて喜んでくれるお客さんの姿を見ると、僕も嬉しくなるんです。

―音楽に関わった趣味も充実されてますね。ずっとこのお仕事は続けていきたいと?

 祖父から始まったこの仕事は、父親、そして自分へと引き継がれました。これからも今の技術を生かしてやれることをやっていきたいと思っています。この仕事を通して物事や音楽を考えるようになりました。ピアノは所詮モノにすぎません。生ものだけど、それだけでは何も発しないんです。でも、そこに弾き手と観衆がいることで、初めて息が吹き込まれるんです。弾き手が発した音を一番良い状態で聴く人に伝えることができればと思っています。

―最後に、ジョビジョバの読者の方にアドバイスをお願いします!

 ピアノ技術者になってもうすぐ20年になります。働く場所は変わりましたが、技術者としての仕事は変わっていません。僕は、たまたまこの仕事をすることができて、たまたま変わることなく続けてくることができましたが、もし自分に仕事が向いてないと思ったら、向いた仕事、やりたいことを探したんじゃないかな。ですから、やりたいことを見つけることですよね。といっても、誰でも簡単にやりたいことが見つかるわけじゃないかもしれません。でも、何のために仕事をするのか、という目標、例えば自分のためとか、家族やお金のためとかありますよね。目標さえしっかり持っていればそれに向かってやっていけるんじゃないでしょうか。

―ありがとうございました。






















 


































インタビューを終えて

 10年間、大阪ブルーノートのハウスチューナーとして活躍された平山さんは、多くの有名アーティストと一緒にお仕事をされたそうです。あの、葉加瀬太郎さんや、チャカ・カーン(80年代のソウル・クイーン)、ケニー・ドリュー(ジャズピアニスト)などなど・・・。平山さんは与えられた機会をチャンスと捉え、前向きにチャレンジしたからこそ、このような素晴らしい仕事に就くことができたのだと思います。もちろん、その裏にはイースタインでの修業の日々や努力があり、それを乗り越えた結果、確かな技術力を身に付けることができたことも成功要因のひとつです。
 それにしても、これだけチャンスをモノにできた平山さんが羨ましい!どんな事も、それがマイナスなことでも、裏を返せばそれはチャンスなんですよね。結局はその人の捉え方次第です。だったらチャンスと思いましょう。そう思ったらどんどんやる気が沸いてきませんか?