この仕事を辞めたいと思った事は一度もない
―以前は茨城放送でアナウンサーをされていたそうですね。
大学を卒業して、すぐに茨城放送(IBS)に入社しました。
それから20数年、看板アナウンサーとして県内のイベントや情報などを、ラジオを通して皆様にお伝えするというお仕事をさせていただきました。
―アナウンサーとして大変ご活躍されましたが、苦労されたことなどは?
私の仕事は県内全域が対象ですから、現場が遠かったりすると朝早く出かけなければなりませんし、逆に深夜まで仕事ということも多々ありました。でも、根本的にこの仕事を辞めたいと思った事は一度もありませんね。
もちろん壁にぶち当たったこともありましたが、一度もアナウンサーという仕事を嫌いになった事がないんです。それは今現在でも一度も思ったことがありません。
人間って生まれてきた時に、何か使命を持って生まれてくると思うんですが、私の使命は電波を通していろいろな情報を皆さんにお伝えすることなのかなって。ですから、使命を与えられた仕事に巡り逢えたから今までやっこれたのだと思います。
―そう思える仕事に出会えてとてもラッキーですね。
やはりいい人達に助けてもらっているし、恵まれているんだと思います。
茨城放送では、大学を出たばかりの右も左も分からない私にいろいろな仕事を与えてくれましたし、私が今の会社をやっていられるのも、その時に培ったものが助けてくれているんです。いろいろな事をやらせていただいてとても感謝しています。
主人が私に内緒で作ってしまった
―FMぱるるんを設立された経緯を教えてください。
正式名称が「水戸コミュニティ放送株式会社」と言います。
コミュニティ放送って必ずニックネームをつけるのですが、そのニックネームが「FMぱるるん」なんです。
実はこのコミュニティ放送は、私の主人が立ち上げた放送局で、彼は今公務員をしていますが以前は茨城放送のディレクターをやっていたんです。公務員になってからも、どうしてもラジオを捨てきれなくて、規制緩和でコミュニティ放送局が作れるという状況になったとき、私に内緒でこの会社を作ってしまったんです。
―打ち明けられたときのご感想は?
もちろんびっくりしました。
でも主人にしてみれば、これからメディアの時代だというのに、茨城にはテレビ局もFMのラジオ局もありません。せめて自分が暮らしている水戸の情報を発信して地域貢献をしたいという気持ちが強かったんでしょうね。
最初は驚きましたが、主人が始めたことに協力したいと思い現在に至ったわけです。

―ぱるるんの放送はどのような体制でやられているんですか。
うちの社員とアルバイト、また東京のフリーアナウンサーの方にも来てもらっています。
あとは、皆さんボランティアで手伝っていただいてるんです。お仕事を持っている方、主婦の方、学生さんまで、ボランティアで番組に携わっていただいてる方が140名ほどいます。番組を担当したり、ミキシングの機械操作やおしゃべりをお願いしています。
―ボランティアの方の中には、話すことが苦手な方もいらっしゃるのでは?
そうですね、中にはおしゃべりが難しいとか、マイクを向けられて緊張してしまう方もいます。
そんな時は「一升の枡に二升のお水は入りません」って言うんです。
ありのままでいい、ということです。それを無理に二升入れてかっこよく思ってもらいたいとか、失敗しないようにしなきゃとか、誰もプレッシャーかけてないのに自分でプレッシャーかけてしまうんです。そうすると余計ガチガチになってうまくいきません。
本当は、本来その人が持っている、そのままの伸びやかさでお話をすればいいだけなんですよ。
―スタッフを育成するコツなどありますか?
やはりその人を認めることだと思います。
一人一人の良いところを見つけ出す、そして全幅の信頼をおくこと。誉められて悪い気する人はいませんから、10のうち8つぐらいは誉めて2つくらいは注意する、誉めて育てたいですね。
どんな仕事でも最初はみんな素人なんですよ。年数を積み重ねることで上手くなっていくわけですから、それはうちのパーソナリティにも同じことが言えます。
だから、最初から上手にしゃべろうなんて思わなくていい。失敗しても平気、大いなる失敗を楽しみなさいって言います。
人間って、失敗があるから人間なの、完璧だったらつまらないでしょ。でき損ないくらいのほうが人間らしくていいじゃない?
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