別にレーサーとしてやろうとは思ってなかった
―2004年はF4の年間シリーズチャンピオンということですけれど、職業としてみた場合、レーシングドライバーの仕事内容というとどのような感じになりますか?
F4の場合は、全部自分たちでやるような形になりますね。僕も含めてメカもやりますし、車両に関することも全部うちでやってます。
GTっていう、このカテゴリはAUTOSTAFFさんていうGTのひとつのチームがあるんですけど、そこに僕がドライバーとして所属をしています。同じくスーパー耐久でもMAKERSさんていうチームに僕が所属しているようなかんじです。
―そうすると、F4がこちらのひたちなか市拠点のメインのもので、GTとスパー耐久はひとりだけで「出稼ぎ」に行くみたいな解釈でいいんでしょうか!?
近いようなかんじですね。はい。
―一人で二つのチームには所属できないですよね?
レースの日程が違う場合には、それもできますね。この前も、午前は下のクラスで出て、午後から耐久レースに出たりと同日開催やったこともあります。
普通のドライバーさんと若干違うスタンスというか違う形態でやっているんで、なかなか詳しく言わないと分かってもらえないと思うんですけど・・・
―そもそもこの「仕事」に進んだ経緯をお聞きしたいのですが、お父様がレースをやっていたそうで、生まれ落ちた環境から車に囲まれていたんですね?
車まみれと言ったほうが良いと思います。普通の人に比べると車に親しむ機会が多かったと思います。
―すると、物心ついたときから車が走るところを間近で見ていて、わりとすんなりとその後進んだということですか?
というか、別にレーサーとしてやろうとは思ってなかったんですよ。最初はラジコンとかやってて、車が面白いなとか車に関することはおもしろいなとか思って単にやっていただけで・・・。
―でも、高校一年のときにはカート乗り始めて、そこからは運転すること、レーサーとしての方向で?
いや、やっぱり右も左も分からないので、レースでお金を稼ぐってことが。この業界でお金を稼いでいくことがまだつかめてなかったですね、その頃は。
父親を見てきたから知識は得られましたけど、実際自分でやっていないのでリアリティーがないんですね。
その当時は、とにかくレースに出て誰よりも早く走ろうってことしかないですね。お金のこととかはあまり考えてなかったですね。とにかく早く走ること、速く走れる環境って感じで。
予算がないと車が動かない。その辺を勉強しようと
―走ることに興味を感じつつ、その後大学に進まれましたが、例えば、大学行かないでそのまま飛び込んでしまう選択もあったのでは?
ちょうど高校3年生のとき、大学に行くか行かないかで悩んでいたんですよ。
どのスポーツもそうだと思うんですけど、レースという世界は、広告っていうものが、結構絡み合ってくるのをある程度理解し始めた頃で、どこから予算が出て、その予算でどういうふうに回ってる、っていうのが何となく分かり始めたんですね。とにかく予算がないと車が動かないっていうのを理解し始めていたので、そのためにマーケティングだとか、その辺を勉強しようと。広告のために勉強しようと思って、大学を選択したんですね。
―ということは、将来的にはレースでやっていこうと、そのための準備だったということですね。
そうですね。
―大学の時もレースに出ていたわけですが、やっぱりレースのために大学を辞めちゃおうかなって思ったりしませんでしたか?
大学の間はなかったですね。4年生の途中までは。
その後ちょっと分からなくなってしまって、実際就職もしちゃったんですね。車とは関係のない営業の仕事でした。で、その結果、レースができない状態。
考えが甘かったんですけど、働きながらレースを続けられて、プロになっていければいいかなと思っていたんですけど・・・。
―サラリーマンはどのぐらいの期間?
半年くらいでしたね。土日もなくて、レースすら見に行けない状態で、これはどうかなと思って。大学時代の恩師にも相談をしたのですが、就職したら3年はやれってっていう先生だったんですけど、事情を分かってくれていたので今すぐ辞めてこいみたいになって辞めました。
この過程も・・・僕の性分というか、良いのか悪いのか、何でもやりたがりで、やってみたがるんですよ。失敗して初めて分かるっていうのがあるんですけど、失敗したことは2度と繰り返さないので、とりあえずやってみて、やらないで後悔するよりはいいかな、と思ってますけれど。
▲