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★リリーアカデミーグループについて★
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| JJ |
リリーアカデミーグループの始まりを教えてください。 |
| 大久保 |
先代の学園長である大久保久子女史が24歳のときに女手ひとつで作った洋裁学校をリリー文化服装学院としたのが始まりです。それから徐々に事業が増え現在に至りますが、洋裁学校の流れとしては、現在も文化学院芸術工科専門学校があります。正規2年コースとして建築・インテリア・インターネットスペシャリスト・広告デザイン・コンピュータグラフィックスなどの科目を設けています。この学校は、時代の流れにあわせ、洋裁からデザインの分野に移行してきました。
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| JJ |
時代の変化への対応が学科が増えていった一番の要因ですか? |
| 大久保 |
昔は全国にファッションスクールといわれた学校が千校ありました。その中で現在残っている学校数は二桁です。理由は洋裁をする方がいなくなったことがあげられます。現在あるファッションスクールのほとんどは細分化されています。例えばデザイナー、グレイダー、カッティング、マーケティングを含めたファッションビジネスそれぞれが専門分化しています。それらは都心に集中してあり、地方都市では成立しません。アパレルの大半が都心集中だからでしょう。また、以前の洋裁学校のように自分で縫う方法を学ぶ専門学校は現在はありません。但し塾としてはあります。時代の変化がそういう教育を必要としなくなったのです。
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| JJ |
どうやってカリキュラムを変えていったのですか? |
| 大久保 |
昔は全国にファッションスクールといわれた学校が千校ありました。その中で現在残っている学校数は二桁です。理由は洋裁をする方がいなくなったことがあげられます。現在あるファッションスクールのほとんどは細分化されています。例えばデザイナー、グレイダー、カッティング、マーケティングを含めたファッションビジネスそれぞれが専門分化しています。それらは都心に集中してあり、地方都市では成立しません。アパレルの大半が都心集中だからでしょう。また、以前の洋裁学校のように自分で縫う方法を学ぶ専門学校は現在はありません。但し塾としてはあります。時代の変化がそういう教育を必要としなくなったのです。
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| JJ |
どうやってカリキュラムを変えていったのですか? |
| 大久保 |
当校は、洋裁学校の先生のなかから、イラストができる、マーケティングができる、建築デザインができるなど洋裁の延長上として、あるいは基礎教養として持っていた能力を活用し、少しずつ現在のようにシフトする方向で発展してきました。
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| JJ |
徐々に事業を転換させてきたということですが、現在のような形になるのにどのくらいの時間がかかりましたか。
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| 大久保 |
当時、ファッション・洋裁合わせて先生が100人以上いました。辞めさせるわけにもいかないので、定年退職による自然滅を待たねばなりませんでした。15年以上かかりました。
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| JJ |
いわゆるリストラ(人員削減)は考えられなかったのですか。 |
| 大久保 |
強制解雇は当校のポリシーに反します。私も、どんなことをしても最後まで雇用し続けるということを信条としています。例えばダイエーやそごう、日産のような場合、何千人か削減しなければ、事業が継続できない、またそれによる社会的影響力が大きい場合、仕方のないこともあるでしょう。リストラが全て悪いとも思いません。が、しかし人を扱う商売ですので、「人こそは財産、人こそ基本」という考え方を一貫してもっていないと事業に矛盾が生じる。学校経営では、人を大事にするということを教えています。一方人を人と思わないような経営の采配をしたのでは、信頼を失ってしまう。私が製造業を経営していれば、考え方も変わったでしょう。
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| JJ |
洋裁学校の全盛期、生徒はどのくらいいいたのですか? |
| 大久保 |
多い時は1700名、1800名いました。10年か15年この状態が続いていたと思います。それが私が東京から戻った昭和52年時にはなんと175名でした。10分の1に減ってしまったのです。 |
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| JJ |
まず第一の事業転換が幼稚園の設立だったと聞いていますが何故幼稚園だったのですか? |
| 大久保 |
そのころ洋裁学校が副業として幼稚園を併設するのがブームだったのです。服飾と幼児教育は関連がなさそうですが、家政学という点で共通していました。服飾の先生で幼児教育のスキルがある先生が多くいたということです。
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| JJ |
大久保さんはリリー幼稚園が始まったころに水戸に戻ってこられたんですね? |
| 大久保 |
ちょうどできたばかりのころです。実は東京で大学を卒業して、就職先がきまっていました。しかし、幼稚園で園児を募集したものの12人しか集まらない。これは大変だということで副院長として急遽帰ってくることにしました。家族がやれば経費が浮くでしょう。そのくらい厳しい情況だったのです。 |
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| JJ |
それからずっと幼児教育に携わってこられた。 |
| 大久保 |
幼児教育に携わって20数年です。現在はそれぞれの園長に任せていますが。
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| JJ |
ご苦労も相当されたのでしょうか。今ではそんな状況があったとは考えられないですね。 |
| 大久保 |
始めて1年・2年は資金繰りなどで非常に苦労しました。現在では、幼稚園は、茨城県一の競争率を誇る人気校になりました。内原の幼稚園は赤塚の5年後にできましたが、現在合わせて800名か900名の園児たちが通っております。人数は両園ともに同程度です。
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| JJ |
人気が非常に高いようですがリリー幼稚園の特色はなんですか? |
| 大久保 |
リリー幼稚園の教育方針のひとつとして、国際性を育むことがあります。英国で3本の指に数えられる保育の名門チルトン保育カレッジ付属幼稚園と姉妹園です。積極的に専任講師と、姉妹園の保育教育システムを取り入れて、国際文化に楽しく触れています。
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| JJ |
内原の幼稚園にはプールが併設されていますね。 |
| 大久保 |
内原の土地は幼稚園としては土地が広すぎるので、プールやグランドを併設し幼児教育や資格取得に活用しています。郊外であまりマンモス校をつくると今度は市内の幼稚園から生徒を奪ってしまうことになり自発的に規模を制限しているのが実態です。少子化のため市内ではつぶれる幼稚園もでてきています。プールの活用はスクールがメインです。スポーツジム的な利用者は街中にないとなかなか。現在約2千人ほどがスクールに通っています。講師は30名ほど、プールは縦25mが6コースあります。
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| JJ |
幼稚園には規模の限界があるようですが、幼児教育において、これまでにないような様々な業態を開発されていると聞きましたが。 |
| 大久保 |
そうですね。今、水戸の南町と見和町にある新しい形の保育園キンダ−ワールドナーサリー、水戸市大塚町にある親子教室リリーチャイルドランドがそうです。特にキンダ−ワールドナーサリーは保育園でありながら幼稚園と同じ教育体制をとるというユニークな教育機関です。また、幼稚園と同様、英国チルトン保育短期大学と姉妹園で、同大学の卒業生を教員として迎え、英会話、国際的感覚を日々の保育に取り入れています。
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| JJ |
幼稚園と同じ教育体制とは、具体的にはどのようなシステムなのですか?
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| 大久保 |
通常、保育園はただ預かってもらうだけなのですが、午前中は幼稚園と同じプログラムのモンテッソーリメソッドの感覚訓練、午後には、3歳児から5歳児を対象に専門の講師による各種教室が行われます。リリースイミングでのレッスン、絵画教室、リトミック音楽教室、幼児パソコン教室等が年齢に合わせて組まれ、幼稚園よりも密度の濃いカリキュラムになっています。働くお母様達のための超高級保育園です。
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| JJ |
どんなご職業の方が、活用されるのですか?
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| 大久保 |
医者、司法書士、先生、看護婦、婦長さん、あるいは高級料亭の女将などから支持を受けています。このような女性達は仕事を生涯続けようと考えるプロフェショナルで、しかも教育熱心です。しかし、良い幼稚園で教育を受けさせたくても、送り迎えが仕事の都合でできない。よって幼稚園の機能と保育園の機能が両方ある施設が求められていたのです。さらに習い事もできるというのであれば、最高です。ここは月7万円とかなり高級です。しかしこの金額は妥当な金額として受けとめられています。ただ、知的労働者、高額所得者が多い水戸市だから成立する仕事でもあります。ここには園児が170名います。驚異的です。地域特性を生かしたニッチビジネスということです。
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| JJ |
さて、リリーアカデミーグループでは幼児教育の専門家育成の教育機関を展開されていますが、やはり自分の学校で働いてもらうために始めたのですか?
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| 大久保 |
そうです、リリー保育福祉専門学校の始めた動機はそうでした。ただ現実的には当校では、卒業生は多くありません。そもそも学校の規模もあまり大きくなく、1学年50人か60人です。更に水戸出身者は一割に満たないので。ほとんどの生徒は鹿島、下館、高萩といった遠方から来ていて、地元に就職するようです。
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| JJ |
その他の先生はどういったところから採用をされていますか? |
| 大久保 |
幅広くいろんな短大、大学から採用しております。私達は、学歴は問題ではないと思っています。必要なのは能力です。国籍だって関係ありません。今年、ひとり韓国籍の学生を担任として採用いたしました。茨城では初めてのことではないでしょうか。
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| JJ |
外国人の登用に積極的ですね。その背景となる考え、思いを教えてください。 |
| 大久保 |
先代の学園長が茨城では始めての女性の海外派遣員でした。戦後昭和30年頃のお話です。そういうこともあり、比較的早い時期から国際性に目覚めていたのかもしれません。もともと洋裁学校を作ろうと思ったきっかけも、戦後まもないころ進駐軍の大きな車から緑色など鮮やかなドレスを着た女性が降りてくるのを間近に見て感激し、これからは洋服の時代と思ったのがきっかけと聞いてます。その頃は皆着物の時代でしたから。それから、東京の文化服装学院に通い名前をわけてもらい学校を開いたのです。
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| JJ |
グループの学校では海外研修も相当多いようですね。 |
| 大久保 |
基本的に学生全員は海外に行きます。文化メディアワークスはイギリスへ、健康スポーツ科はカリフォルニアへ、福祉はデンマークへ、文化芸術デザイン専門学校はサンフランシスコへと分野によって国を変えています。
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| JJ |
グループの先生も海外へ研修に行くそうですね? |
| 大久保 |
例えば幼稚園の先生の場合、働いて3年たつとイギリスに短期留学させます。こちらにイギリスからきた先生もいます。姉妹校の卒業生を毎年二人雇っているので。向こうで研修を終え帰国後、2年たったら今度はアメリカの幼稚園で研修をする。これは強制的です。外に出ないと、教育者は視野が狭くなりやすいので。教育者であるからこそグローバルな考えを持つべきなのです。広い視野で子供たちに接するというのが大事なのです。
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| JJ |
留学時の費用は自社で捻出しているのですか? |
| 大久保 |
すべて出しています。個人負担はありません。一年間留学している生徒もいます。リスクもあります。イギリスから帰ってきていい思い出になりました。ありがとうございましたと言っていて、結婚退職するケースもあります。しかし、それは仕方がない。それを恐れては社員教育などできませんから。
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| JJ |
実際アメリカとかイギリス留学して現在働いている方はいらっしゃいますか?
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| 大久保 |
今2人働いています。一年間留学した先生がもどってきて。
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| JJ |
親からすればそういう先生がいるのは魅力ですね。
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| 大久保 |
英語ができますので外国語教育が可能になります。またイギリスの保育を勉強してきているので日本の保育を変えようという意志が生まれます。少しずつですが。
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| JJ |
その後福祉専門学校を作られ、保母さんの育成を始められました。それが現在ブームの介護福祉学科のさきがけになっているんですね。
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| 大久保 |
茨城ではじめて第一号の介護福祉士の養成科目を作りました。保育士、介護福祉士ともに厚生省管轄で許認可の関係もあります。もともと保育福祉専門学校にする予定でいたのです。まず、最初に保育をスタートし、3年か5年たってから福祉学科を作りました。保育士から福祉分野に進む人が大勢いたので、介護福祉士の学科を作ることは自然な流れでした。
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| JJ |
幼稚園教諭と保育士は別なのですか? |
| 大久保 |
免許は全く別物です。幼稚園教諭は幼稚園の先生の免許で文部省管轄、幼稚園はあくまで3歳から5歳まで学校であり、文部省で定めたカリキュラム、そして様々な規制があります。保育士は保育園及び児童生涯施設、託児所、乳児院、孤児院などで働く人で厚生省管轄です。保育園は保育にかける子供を預かることだけです。教育に関しては自由にできます。一方安全・衛生面がとても厳しいです。食事も出しますから。
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| JJ |
保育士以外でなにかユニークな資格はありますか? |
| 大久保 |
私は、次の時代の資格のホープとして、スポーツトレーナーやインストラクターの資格としての健康運動士に注目しています。健康運動士は厚生省が数年前に作ったばかりの資格なのです。介護福祉士や保育士と同じような資格で、認知度はまだまだ低いのですが、次の時代の活躍が期待されます。この資格には、4つの進路の可能性があります。まず1つは町のスポーツクラブのエアロビクスやスイミングスクールのインストラクター、2つめは幼児のスポーツ指導員、幼稚園に派遣されたりするあれです。3つめは老人ホームあるいはデイケアセンターのようなところでのリハビリやゲームなどの担当、4つめは公務員として市町村の持っている体育館で健康指導をしながらスポーツセンターの事務所にいる職員です。
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| JJ |
フィットネスクラブやスイミングスクールなどもこれからは健康運動士の資格を持っていないと指導はできなくなってくるのでしょうか。 |
| 大久保 |
そのようなことはないとは思いますが。人材的にスポーツ医学、救急法、体の動かし方の勉強をしてきた人としていない人では質が違うと思います。なかにはライフセーバーになりたいという人もいるようです。
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★大学と専門学校の違いは★
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| JJ |
大学などではこういう教育はあまりされてないですよね。 |
| 大久保 |
大学は管理職と研究者を育てるところと考えっています。いわゆるユニバーシティです。大学にはアメリカのように人口の20%がいけば十分だと思います。日本では50%近くが大学に行きますが、これは多すぎると思います。管理者、研究者はそんなに必要ではない。アメリカでは、それ以外にカレッジと呼んでいる、プロフェッサー(専門教育)及びマイスター(職業教育)の教育部門があります。ここには70%行きます。日本はここが欠けている。
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| JJ |
確かに職業につくための教育が欠けていますね。意識も極めて低い。 |
| 大久保 |
今の高校では卒業してもエンプロイアビリティが極めて低い。今後も失業率、離職率はどんどん増えるでしょう。茶髪、ルーズソックスで明日から営業というわけにはいかないですから。現在、高校生の就職者のうち4割は入社して1年で辞めてしまいます。仕事に対し、甘い気持ちで来すぎます。高卒の大半はコンビニ、マクドナルドぐらいのアルバイト位にしか使えない。一方、例えばビジネススクールで接客・販売・マナーなどをひととおりやれば即戦力になる。
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| JJ |
専門学校がそこを埋めているということですか。 |
| 大久保 |
そうです。例えばグループの文化メディアワークスではDTPは必須科目で、それに関連する映像・写真・CGの技術が習得できます。検定試験もできるだけ取らせて卒業させるので、会社に入ってから教育をそれほどしなくても即戦力になる。ここは高校生と断然違います。また、職業的な専門技術を学ぶ点で大学とも違います。教育の考え方が違うのです。大学は学の独立を謳いますが、専門学校は仕事ができて初めて教育の価値があります。どちらが有意義かではなく、社会に対する役割が違うのです。
《次回へつづく》
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次回1月9日は、ロングインタビュー後半戦、《教育の目的、意味》《就職、仕事、職場》《メディア、街、文化》《教育と経営のバランス》《ひとづくり、まちづくり》と教育論から経営論、都市文化論まで発展していきます。大久保哲学の真髄に迫る。ご期待ください。
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