| JJ |
創業はいつですか? |
| 鴫原 |
昭和63年です。バブル崩壊前夜ですね(笑) |
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| JJ |
ご自身ではじめられたんですか? |
| 鴫原 |
そうです。それ以前は日立製作所に勤めていました。その後ソフト会社に転職しましたが、そこの社長から独立のお話がでありました。
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| JJ |
どういったお話だったんですか? |
| 鴫原 |
会社をやってみたいとは思わないかといわれました。
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| JJ |
もともと独立を望まれていたのですか? |
| 鴫原 |
いえ、全く思っていませんでした。実はお話があった時は「独立は考えていません」と、お断りしたんです。それから1年後またお話があってそれから真剣に考えはじめました。タイミングと環境がうまくかみ合ったのだと思います。
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| JJ |
起業に関してご両親の影響はありますか? |
| 鴫原 |
無いと思います。私の実家は会社経営とは無縁なサラリーマンの家庭ですから起業としてはありませんが、時間とお金に関してはうるさく育てられましたね。
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| JJ |
お話をいただいた社長から起業の際、支援があったんんですか? |
| 鴫原 |
勿論仕事に関してはありました。しかし、3つの厳しい条件をだされました。
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| JJ |
どんな条件ですか? |
| 鴫原 |
「まず一人ではじめること」「半年以降に社員を雇うこと」「資金は自分でだすこと」今思えば、すばらしいアドバイスです。できるかぎりの経費を節減し利益に対して意識を集中し、厳しい環境の中で経営のイロハを一から体で学べということですから。
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| JJ |
経営者は孤独ですね。 |
| 鴫原 |
最終的な意思決定は「誰にも頼れず、最終的に一人でする」ということを学びました。独資という条件が、それをさらに強いものとしました。すべては自分のために自分で判断するという習慣です。誰のせいにもできません。
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| JJ |
社員さんの採用をはじめたのは設立されてどのくらいたってからだったのですか? |
| 鴫原 |
半年目くらいでした。それまでは自分一人でソフトを開発していました。
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| JJ |
起業された時のご苦労をお聞かせください。 |
| 鴫原 |
設立時は結構気楽でした。前の会社でも経理全般を見ていたのでお金の流れについては理解がありました。ただ起業後、2年目でバブルが弾け、その後苦労しました。
急激な仕事量の減少、営業力の無さが会社を直撃しました。 |
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| JJ |
バブルは一体何だったと思いますか? |
| 鴫原 |
一言で言えば「お祭」です。正常な状態ではありません。極端な躁状態で、無意味な消費、投資があふれ、根拠の無い価格がまかり通り、皆それを信じている状態・・・。
前の会社に入社したころすでにバブルに突入していましたので、私にとってはバブルの状態が当たり前でした。だからバブルが弾けて3年間は何が起こったのか理解できませんでした。
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| JJ |
どう乗り越えられたのですか? |
| 鴫原 |
最初は会社の状態を景気悪化のせいにしていたんです。ある種の依存状態ですね。何かのせいにしていたときは楽でした。景気循環がまためぐってきてバブル的なものが再来し、元に戻ると信じきっていました。
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| JJ |
現実を認めるのは苦しかったですか? |
| 鴫原 |
1年ぐらい心の中で葛藤しました。現実を正確に認識するというのは難しいものです。 |
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| JJ |
現実を認めた後考え方はどう変わりましたか?
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| 鴫原 |
最近では会社は生き物なんだなとも感じます。生き物は環境に合わせ状態を変化させます。適者生存という言葉もあるようにそれに対応できない生き物は残酷ですが死に絶えてしまいます。しかしそれぞれの生き物によって環境適応の方法は違います。魚、鳥、哺乳類、爬虫類それぞれの適応の仕方があります。
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| JJ |
恐竜は死滅しました。 |
| 鴫原 |
巨大化することは適応のスピードを遅くするのだと思います。スピード経営とよく言われるのは適応スピードのことと思います。情報テクノロジーの進歩は巨大化した企業の経営スピードを速めました。テクノロジーが企業の巨大化を促進しているとも言えます。 |
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| JJ |
ところで経営の秘訣は? |
| 鴫原 |
これでO.K.という状態がないということの認識です。常に身を変え、流れに合わせながら、根本は揺るがないというところですか。
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| JJ |
最近の事業戦略に大きな変化はありましたか? |
| 鴫原 |
実は今朝、事業方針の改革を発表したばかりなのです。
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| JJ |
パソコン教室をはじめられると聞きました。 |
| 鴫原 |
パソコン事業部、ソフト開発事業部、ソリューション事業部の3事業部制にしました。これまでは部制だったのですが利益責任を明確にし採算を重視します。
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| JJ |
事業部にされた一番の理由は? |
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顧客の声の変化に柔軟に対応できるようにすることで顧客満足を高めることが1番のポイントです。
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| JJ |
変化しつづけることは大切ですか? |
| 鴫原 |
変化するだけが良いとは限りません。これからも「不易流動」で経営を行っていきます。私自身は継続こそが力と考えています。「このままでよいのだろうか」、「私には出来ないのではないだろうか」と毎日悩んでいた時「継続は力なり」という言葉に励まされました。直ぐ結果を出すのではなくそのプロセスを大切にしていきたいと思います。 |
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| JJ |
ビジョンに向かって地道に努力するということでしょうか。 |
| 鴫原 |
そうですね。肩の力は抜いてあせらず。 |
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| JJ |
話は変わりますがビックサイトで貴社を目にしたことがあります。 |
| 鴫原 |
展示会イベントは9月・10月に集中していま。昨年は東京ビックサイトでのイベントにも出展させていただきました。顧客の声を集中的に集められるのはありがたいことです。
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□インタビューを終えて |
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茨城県を代表する女性のベンチャー起業家の旗手である鴫原さんは、 事業家を志していたわけではありません。もともと資質があって、それを見抜いた人が周囲にいたことがその道を開いたようです。人それぞれ
生まれてきた理由(天命)のようなものがあるとすれば、それに従った 生き方をされているのかなという印象を受けました。いわば天性の事業家です。
様々なご苦労をされて、今の状態にまで企業を成長させてきた手腕は 並ではありませんが、いくつかのポイントがあるようです。そのエッセンス
は彼女自身の考え方、哲学にあると感じました。
「継続は力なり」
「企業は生き物である」
「企業の判断に正解は無い」
など自身の哲学を本インタビューでも披露していただきましたが「顧客の声に 耳を傾け、柔軟に対応する」という点に力を集中させていることがこの会社の強さに繋がっていると感じました。それはバブル崩壊後の逆境下におい
て、会社の厳しい状態が状況変化のせいではなく、自分自身と状況のリア リティを把握できていないせいであるということに気づかれたからと思います。
心の痛みを受け入れてガッツとハートで状況を乗り越えていかれるエネルギ ーに力強さを感じ元気をいただきました。ありがとうございます。
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