| JJ |
御社の事業内容を教えていただけますか? |
| 牧 |
弊社は不動産・建設・住宅・木材輸入・日常生活用品販売・食品製造販売を事業の柱としています。
日立製作所の福利を担当する会社として、昭和14年に創立し、平成11年で創業60周年 を迎えました。 |
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| JJ |
創立のいきさつを教えてください。 |
| 牧 |
(株)日立製作所が産声を上げたのが明治43年。創立者は小平浪平氏です。氏は、日立
銅山の修理工場で工作課長をしていましたが、国産初の電動機(モーター)を開発した(1909年) のがきっかけで、国産の電気機械製作事業を企画、翌年工場を移し外部への製品供給も行
うようになりました。日立製作所のスタートです。株式会社日立製作所として独立したのは 1920年です。日立ライフは元の社名を
「日立土地会社(創業1939年)」といいました。 日立製作所の大々的な従業員募集によって日本中から集まった従業員、その人たちが定年にな
っても日立を故郷として住んでもらいたいという思いで、設立された住宅会社です。 |
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| JJ |
いつから(株)日立ライフという社名になったのですか? |
| 牧 |
現在の社名を使うようになったのは平成4年からです。まず1971年に日立木材工業(株)
と日立土地(株)が合併し日立木材地所(株)に、1993年にそこと日立福利サービス(株)が 合併して現在の名前になりました。
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| JJ |
現在は合併した部門はどのように機能していますか? |
| 牧 |
現在の住宅・不動産部門・食品製造販売部門が「日立土地会社」の流れをくんでいます。
日常生活用品販売は「日立福利サービス」の流れです。こちらは日立鉱山の供給所を日立製作所 が同様に組織化したもので、1969年に日立福利サービス(株)として分離独立した会社です。
当時は物資が乏しく、それを補うための日用雑貨のお店です。 日立ライフは、土地・住宅・食料・日用品を主に扱いますが、これらはみな、身の回りのもの
という共通項があります。 |
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| JJ |
牧さんの所属する木材本部・木材建材部はどのような部門ですか? |
| 牧 |
住宅用の建材や工場の製品を輸送するときに使う梱包材等の営業及びそれらの輸入を主な
業務としています。いわば木材の輸入商社です。 |
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| JJ |
業務において重要なポイントは何ですか? |
| 牧 |
在庫量の調整、在庫リスクへの対応です。主要な卸先が大手ハウスメーカーと地元中小工務店
にわかれるので、大手に関しては各社の予算計画にあわせ、中小工務店は自ら需要予測を たて、適正在庫を計算しなければなりません。また市況の変動には特に気をつけます。例
えば100円で取引をしても実際入荷する1ヶ月・2ヶ月後には50円に下がってしまう かもしれない。いかにリスクを最小限に押さえ100%売り切れるかが勝負です。また在
庫が少なすぎれば顧客の需要に応えられず、機会損失となりますから。 |
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| JJ |
主に輸入をするのはどんな国ですか?また輸入の難しさ、例えば為替の問題とか法的な 問題とかはありませんか? |
| 牧 |
カナダ、ニュージーランド、ロシア、スウエーデンが主な輸入国です。輸入に関しての法
的な問題は基本的にありません。弊社は長年、木材の輸入業務をしてきましたのでその辺 は確立しています。為替リスクは常にあります。北欧諸国に関しては高品質の木材が輸出されていますので北欧材の取り引きは急上昇しております。 |
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| JJ |
ヨーロッパの統一通貨ユーロは今後のビジネスにどんな影響がありますか? |
| 牧 |
ユーロ・米ドルともにそうですが今は変動が激しいので慎重になります。
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| JJ |
このお仕事を選ばれた理由は何ですか? |
| 牧 |
高校卒業後、アメリカの大学で経済学を学びました。卒業後、自分の語学力を生かせる仕事
を茨城で探していたところ、この会社の木材建材部が県内で有数の輸入業務を行っているセク ションと知りました。しかし、決定した一番の理由は、上司の理解の深さです。
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| JJ |
何かエピソードはありますか? |
| 牧 |
アメリカの大学は卒業が5月で、日本企業とはずれています。私はどうしても卒業式に出たか
ったので、入社が6月になってしまいます。就職活動では、卒業が遅れることを一般的な企業 は嫌がりました。しかし、ここだけは、現在の上司が総務を説得してくれ卒業を待ってくれ
ました。他の内定を蹴ってこの日立ライフに決めた一番の理由はこの点です。このことを 今でも感謝しております。 |
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| JJ |
ところでアメリカでの就職は考えなかったのですか? |
| 牧 |
もちろん考えました。しかしアメリカで就職するにはビザの問題もあり、いろいろ厳しく難
しいのです。取得しなければいけないビザは就労ビザというもので、入社1年後に申請権が 得られます。しかし申請する際に会社に必要ないと判断されると就労ビザを取得できないのです。この仕組みはもし仮にということを考え、また特にアメリカに固執していたわけ
でもなかったので日本での就職を選びました。日本で受けた会社は 外資系が2社と、ここ日立ライフの3社のみです。 |
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| JJ |
牧さんの頃はちょうど就職難でしたよね。 |
| 牧 |
そうです。第2次ベビーブームの頃に生まれたので団塊ジュニア世代なのです。人口も多
く就職の難しさは感じましたがバブル崩壊の波は受けていなかったと思います。 |
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| JJ |
大学で専攻した経済学は就職に役に立ちましたか? |
| 牧 |
アメリカの大学にはメジャー(主専攻)とマイナー(副専攻)とあります。私は、メジャーは
経済学、マイナーは美術を選びました。就職活動の結果は、経済学はあまり潰しが効かな い学問だな、ということです。大学院で経営学修士の資格でもとれれば別ですが。そこで自分のスキルを英語の語学力に絞りこみ、国内の外資系と日立ライフの木材建材部の就職試験を
受けました。 |
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| JJ |
英語が生かせる仕事といえば他にもたくさんあると思います。例えば、旅行関係や総合 商社、
金融などは考えなかったのですか? |
| 牧 |
そうですね。やはり色々考えました。金融系でシティバンクが魅力的だと思いましたが自
分の力に自信がなかったので金融の外資系は憧れで終わりました。考え抜いた結果、最終 的に就職先に日立ライフを選んだのは、地域密着型の個性的な業務内容に惹かれた点です。
茨城ではここ1社だけ受けようと思いました。 |
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| JJ |
牧さんはアメリカにどのくらいいたのですか?今でも行くことはありますか?
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| 牧 |
入学前にアメリカで1年間の語学研修を受け、それから入学したので6年間いました。住んでる
間に様々な所に旅行に行ったので、今はわざわざ旅行に行こうとは思いませんが、1度、会社命令で出張にいきました。 |
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| JJ |
どちらに出張されたのですか? |
| 牧 |
カナダ経由でアメリカのシアトルに行きました。カナダには入社当時、弊社の事務所があ
ったのです。 シアトルによった理由は参入しようとしていた「輸入住宅」の視察で寄りま した。シアトルは景色がきれいで、買い物をしても税がかかりません。マイクロソフトや
スターバックスコーヒーを始め様々な有名企業の本社 もあります。とても楽しい街です。「ゆくゆくはカナダ駐在員も夢じゃないな」などと言われ、ワクワクしました。
しかし今のご時世、大手商社でも海外事務所を閉めていく傾向にあります。今は海外との 取り引きは現地には行かず、なるべくファックス、電話、eメールで行われています。
現在カナダ駐在所は一時閉鎖中となっていますが木材建材部としてはやはり海外駐在所は 必要と考え、再開を検討中です。 |
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| JJ |
日常の仕事は英語ですか? |
| 牧 |
現地の会社でも日系の方が結構いて、実は仕事では日本語でのコミュニケーションが多い
ので す。しかしFAX・eメールでは英文でのやり取りが中心です。また外国のお客様の商談 に同席した時など英語を使うチャンスは多くあります。外国語は
使っていないと忘れてしまうので、できるだけ使って仕事をしたいですね。 |
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| JJ |
今の仕事の魅力は? |
| 牧 |
英語を活かせる仕事ですし、2X4住宅の木材ビジネスを一任されていて大きく仕事の裁量 を与えられています。2X4住宅は今は珍しくないアメリカの建築の規格ですが、当部門では数年前から取り引きを始めました。責任は重いですがやりがいは充分あります。自分で目標を決め、それを具体的にこなし、成果をあげていく、それに勝る喜びはありません。
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| JJ |
今後の仕事の目標は? |
| 牧 |
販売に関してはまず、自分に任された分野の営業成績を伸ばしたい、と考えています。
例えば既存取引先を広げていくなど精力的な営業を今後展開していきたいということ、 輸入業務に関しては、商社を仲介すれば自然とマージンをとられます。なるべ
く直輸入できるところの新規開拓をしていきたいとおもっております。 |
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