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Life Style コラム<<No.4>>

今回ご紹介する五味高太郎さんは、現在某大手マンション管理会社に勤務。東京にある本社営業部の係長を勤めている。 都内中心に管理物件のアフターケアを行うのが仕事の中心とのことだが、分譲マンションの管理は、様々なタイプのオーナー一人一人の要望や、ときにはわがままにも応じつつ、オーナー全員の意見を調整したり、建物全体のケアにも気を遣わなければならない仕事。しかも長期間使ってもらうものだから、オーナー一人一人に腰を据えてじっくり丁寧に対応しなければならない、大変苦労の多い仕事だ。 その大変な仕事に、「今では喜びを感じる」という五味さんは、しかしそこに辿り着くまでに、いろいろな紆余曲折を経験している。ではどんな道を辿って、現在の仕事に就き、働くことの満足感を得るようになったのだろうか。本コラムライター陣の一人である五味夫人の筆で、その道程を紹介してみよう。

<プロフィール>

五味高太郎さん 1966年12月28日東京生まれ。91年CSK入社。93年退社。94年某大手マンション管理会社に再就職。現在、本社営業部の係長。

>>> ひねくれてしまった私の王子様

今から数えること、三昔ほど前、練馬の閑静な住宅街にある、大きな一軒家に男の子が生まれました。父親側は財産家。母親は華族の血を引くお家柄で、男の子は王子様のように育ちました。休暇には伊豆の別荘へ遊びに行き、食事はもちろん、オヤツやお洋服まで、すべて、お母様の手作り。お誕生日には、チーズフォンデュでお祝いされ、大好物はお母様がパイ生地から作るキッシュロレーヌでした。王子様は、男の子の割には大人しく、お家でお絵かきをするのが大好きな少年でした。親に反抗をすることもなく、王子様はおっとりと育っていきました。

やがて、王子様は、公立の小学校に入学しました。内気な王子様は、五味という名字でからかわれて以来、学校でもあまり目立たない少年になりました。その頃から、王子様は自分が他のクラスメートとは違う環境で育っていることに気づき始めました。

仲の良くなったお友達のお家は、工場を経営していて、いつも若いお兄さんたちが働いており、暇をみては、一緒に遊んでくれました。家族そろって夕飯を食べ、男の子らしい外で遊ぶおもちゃもたくさん、持っていて、テレビも好きなものが見られました。もう一人、別のお友達のお家では、お父さんは毎日、早くお家に帰ってきて、休日はリトルリーグの監督をして、父子の仲がとても良かったのです。

それに比べ、王子様のお家では、お父さんはいつも忙しく、遅くにならないと帰ってきません。普段、いないお父さんに、王子様はお話をきちんとすることができず、ただ、怖がっていました。教育にも熱心だったため、テレビも好きな番組をあまり見ることができず、おもちゃはお家のなかでできるものがほとんどでした。その上、小学校二年から塾に通い、小学校四年からお受験のために、四谷大塚という、とても有名な塾に通うことになりました。王子様のお父さんは、自分の母校の有名私立の男子校に王子を通わせたかったのです。

王子様は反抗することもなく、素直に勉強を続けました。王子様は、受験に合格したら、お母さんを喜ばせられる、お父さんに認めてもらえる、そう思い、頑張りました。そして、見事、合格。中学から高校へとエスカレーター式の進学校の生徒となりました。

王子様はそのまま素直に進学し、お父さんの望む有名大学へと入るものと、みんなが思いました。しかし、中学二年の頃から、王子様の心に変化が起きました。それまでは、クラスで目立たなくても、成績がいいという、自分なりの防御壁があったのですが、その中学に入ると、もっとお勉強のできる人たちが集まっていて、王子様はどうすればいいのか分からなくなってしまいました。そこで、王子様はロックという音楽に出会いました。アメリカものより、UKものを王子様は好みました。より、破壊的で、ひねくれた感触がぴったりときたのです。

それから王子様は変わりました。大人達は王子様をどう扱っていいのか、悩みました。やがて、高校三年になり、成績不良の王子は留年か退学かを迫られました。王子様は迷わず、退学しました。そこから王子様の暴走は加速していきました。美大に行くための予備校に通っても、自分の実力と他の人たちとの実力の差を思い知らされ、美大をあきらめ、ふつうの予備校に通い始めました。しかし、ほとんど勉強もせず、新宿のディスコで黒服を着てアルバイトをしたり、飲み歩いたり、朝、夜逆転の暮らしをし始め、家でもほとんど口をきかない日々が続きました。女の子のお尻を追いかけることしか頭にありませんでした。そんな毎日で、大検には合格したものの、大学入試には失敗。予備校にもう一年、通うことになりました。そして、ようやく合格した大学でも、サークル活動ばかりに興味が向いて、勉強はおろそかになり、何年もかけてやっと、卒業できました。

王子様が就職する頃、日本はバブルの最後の宴に浮かれていました。色々と問題の多い王子様も売り手市場で、システムエンジニアを売る会社にすんなり就職できました。しかし、仕事は厳しく、王子様が入社して二年半もすると、みるみる同期の人たちは辞めていきました。王子様も子会社に転属となりましたが、それは、リストラの一種でした。王子様はこの先の社会と、自分の行く末を案じて、地に足のついた仕事をみつけようと思いました。そこで、王子様は社会人を一時、お休みすることになりました。失業保険でマスタングという王子様らしい米国製オープンカーを買い、スポーツクラブに通い、夜は毎日のように新宿で飲み歩いていました。

そして、ようやく次の会社が見つかりました。そこは、大手のマンション会社の子会社に当たるところで、マンションを買ってくれた人たちへのアフターケアをするのが仕事です。住人の人たちのいろいろな問題や我が儘に対応する仕事に、王子様は最初、慣れずにいましたが、やがて、この仕事こそ、望んでいたものだと気づき始めました。一時的に人をだましたり、ごまかしたりしていては、絶対に成り立たない仕事で、住人のひとたちにも、会社にも喜んでもらえるように努力することを、素直に自分も喜べたのです。

こうして、内気でひねくれていた王子様は、いつしか一人前の社会人として育っていきました。めでたし、めでたし、と、終わるところですが、王子様は三年ほど前に、結婚をしました。相手は語部であるこの私。王子様は、家事をほとんど放棄している私に代わり、残業帰りの夜中に洗濯をしたり、お皿を洗ったり、何かと家庭内の仕事もこなせるようになりました。何とか家庭内の安らぎを得ようと必死で努力しています。王子様はひねくれていても、やっぱり、世間知らずなのです。

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