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ドイツ文学者、種村季弘氏の文章に、「ドイツ人は職業と天職をきっぱり区別する国民である。(中略)一仕事終われば詩人志望者は詩を書き、トーマス・マン研究科は教授資格論文を書きにさっさと研究室に戻る。決してプロにはならない」という一節がある(ちくま文庫「贋物漫遊記」所収「影を売る男」より)。
今回、佐野彰彦氏のお話を伺って上の一節を思い出したのだが、佐野氏は、現在東京池袋の西武百貨店の総務セクションに派遣社員として勤務し、社員名簿の管理や安全管理に関する業務の書類作成等々に従事している一方で、実はもうひとつの顔を持つ。
それは都内ライブハウスで積極的なライブ活動を行い(7月20日にもライブを控えている)、また今年8月にはインディーズレーベルである101レコードからマキシシングルのリリースも予定されているインディーズバンド「カーブ」(http://www.geocities.co.jp/MusicStar/7472/)のリーダーとしての顔だ(佐野氏はボーカル、ギター、作詞作曲を手掛ける)。
というと、たとえば「音楽で成功するという夢の実現のために、派遣社員という割り切った仕事の仕方を選んだ」という人物像を思い浮かべるかもしれない。実際、夢の実現のために就職(将来に渡って安定した生活を手に入れること)という道を選ばず、アルバイトなどで生活をつなぐという生き方は、ひとつの典型としてイメージしやすい。
だが、佐野氏のお話を伺うと、そうしたティピカルな方法だけが、夢を実現させる道ではないということに気付かされる。それは簡単にいえば、“ライフスタイル全体の中で夢と現実の理想的なバランスの折り合いをつけていく”という方法だ。
ではそれが実際にはどんなライフスタイルなのか。佐野氏と音楽との関わりも含めて、まとめてみよう。
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<プロフィール>
佐野彰彦さん、1974年横浜生まれ。
明治大学理工学部数学科を卒業後、山野楽器に就職。 企画営業などに従事するが、音楽活動により本格的に取り組むため、一年半の勤務後退社。以後バンド「カーブ」を結成し、積極的なライブ活動やCDリリースなどでファンを集める。カーブとしての最新作(マキシシングル)が、8月8日、インディーズレーベルの101レコードより
リリース予定(全国のTower Recordなどインディーズ取り扱いCDショップで入手可能とのこと)。
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>>> 佐野氏が音楽に興味を持ったのは、中学生になったときだ。入学式で演奏していたブラスバンド部の演奏が、妙に印象に残ったという。
「たまたま一年生のときに習った音楽の先生が、元々プロのクラリネット奏者だったんだけど肺を悪くして一時演奏活動を断念して、それで中学に教えに来てたという人だったんだけど、その人の影響も大きいですね」
その「恩師」とは、未だにメールをやり取りする間柄だし、今の活動にもその先生の影響はあるという。 「その人との出会いが、音楽を今も続けているひとつのきっかけなんですが、もうひとつは大学のとき。たまたま第二外国語がロシア語だったんですが、やはりフランス語とかドイツ語に比べて、変わり者というか、マニアックな連中が多かったんです(笑)。それで、語学クラスの仲間とバンドを始めて、はじめて“自分達の音楽を人に聴いてもらう”といった楽しさに目覚めたんですね」
佐野氏の大学での専攻は純粋数学で、卒論のテーマも「常微分方程式論の境界地問題について」という意欲的なもの。「学問自体も非常に楽しかった」とのことだが、音楽というもうひとつのテーマに出会い、結局、佐野氏はそちらの道を選択する。
「なんでもいいから、音楽に関わった仕事がしたいと思って、就職活動も専攻とはまったく関係のない、レコード会社とか音楽事務所などばかりを回ったんです。それで山野楽器に就職しました」
山野楽器といえば、大手のCDショップとしても知られているし、またFenderやGibsonの楽器の輸入元でもある。 「山野楽器に入った当初は、CDショップとか楽器店の店頭に立って、音楽好きの人にCDを売ったり、楽器を売れたらいいな、と漠然と思ってたんですけど、やはり新卒の男子社員ということで、売り子さん的な仕事ではなくて、企画営業みたいなところに配属されたんですね。で、たとえばジョン・レノンのTシャツを企画してイベントで売ったり、『となりのトトロ』の土笛を企画して通信販売のルートに乗せたり(笑)。
それはそれで非常に楽しかったし、やりがいのある仕事ではあったんですが、でも自分の考えていた“音楽と関わる仕事”というのとは、ちょっと違っていると思うようになったんです」
そこで仕事は仕事、音楽は趣味、と割り切る方法ももちろんある。しかし佐野氏の中では、音楽はもっと大きな要素になってきていた。
「就職してからも、大学のときのバンドは続けていたんですけど、やはり社会人になると、メンバー間の温度差というのはどうしても出てくるわけです。たとえば自己実現の方法としてやはり仕事を選択したり、結婚して家庭を大事にすることを選んで“寿退バンド”したり(笑)。
むろんそれは、それぞれその人たちが人生の中で最良の選択を考えた結果ですから、当然否定するつもりはないし、一緒に音楽をやっていたメンバーがそういう方向を選んだことは応援したいと思っています。
ただ、僕個人としては、一度“自分達の音楽を人に聴いてもらう喜び”を知ってしまったからには、もっと本格的な形で音楽活動を再開したかったんです。でも仕事は仕事ですごく忙しいし、今の状態では自分のやりたいことを実現させるのは難しいなと、結構悩みましたね」
その結果、佐野氏は山野楽器を退職することを決意。同時に“自分達の音楽”を表現することに積極的なメンバー探しを開始する。
「それが今から3年くらい前で、それからはメンバーにも恵まれて、また101レコード(http://www.101record.com/)というインディーズレーベルとも知り合い、自分達でCDを作ってリリースしたり、1〜2カ月に一度のペースでライブイベントを行ったりと、かなり音楽中心の生活が実現したという次第です」
音楽を生活の中心にする、という場合、まず考えられるのはメジャー・デビューを目指すとか、いわゆる“プロになる”という方向だが。
「それは、バンドとしてではなく僕個人としてですけど、非常に魅力的だし、理想というか憧れでもあるし、一度経験してみたいというのは確かにあります。でも一方で、冷静に大人の目線で見てみると、仮にどんなに売れたとしても、それで喰える期間って非常に限られると思うんですね。やはり先々のことも考えざるを得ないので、メジャーみたいな方向も探りつつ、ほかの方法も考えていこうとは思っています」
たとえば現在のところでは、佐野氏は派遣社員という立場で生活の糧を得つつ、音楽活動を続けているわけだが、 「仕事自体に関しては、音楽で喰えるようになるまでのつなぎ、ではないですね。音楽をやり続けることが第一義としてあるわけですけど、それはやはり生活が成り立ってこその話だし、生活を削ってまで音楽を、とは思わない。それに、生活を成り立たせるための手段、つまり“仕事”も、充実してたり満足感、達成感がないといけないと思うんです。単に金を稼ぐ手段、だと、気持ちも腐っていくし、音楽活動にもいい影響を与えないような気がする。今は時間給制で働いているわけですが、朝ちゃんと時間に行って一日いたらその分給料がもらえる、ではなく、もらえる分はきちんと仕事する、という気持ちで仕事に臨んだほうが、精神的にも健康でいられるのではないかと思います」
そのバランス感覚は、やりたいことを実現させるための発想として、たとえば10年前、20年前にはあまりなかったのではなかろうか。夢を実現させるためにその他の生活を犠牲にしたり、あるいは生活を築くために夢を諦める、ではなく、ライフスタイル全体の中で夢と現実の折り合いをつけていくという佐野氏の姿勢は、今日的な若者の生き方として、非常に興味深いと思う。
「もちろん、たとえば30年後、50年後を考えると、やはり今みたいな生活とか仕事の仕方はできないなあ、とは思います。では今後どうするのかは、まだ漠然としか考えてないですけど、自分が歌を創ったり演奏することを続けるかどうかは別にして、自分より若いインディーズバンドが、メジャーデビューとは違う形で世に出る/認められる手伝いをすることを自分の“仕事”として成り立たせるとか、そんなことは考えていますね」
夢の実現というある種ひとつの目的だけに収斂していく方法ではなく、夢と仕事の理想的なバランスを持った両立を目指すという生き方は、これだけライフスタイルの多様化が進んだ現在、万人にとってのテーマといっても過言ではないだろうが、一方でお手本が少ない分、自分なりの方法を見つけなければならないだろう。その意味で、佐野氏の現在のライフスタイルや将来に対する考え方は、ひとつのモデルケースとして、参考に値するものではなかろうか。
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