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■『なにかやっていなければ落ち着かない――税理士 奈良洋さん』
大学を卒業し、社会に出たころからだろうか、いつもそんな焦燥感にとりつかれてきた。卒業後、大手住宅メーカーに営業マンとして入社。大きな夢を抱いていたわけではないが、人見知りしない性格を自覚していた奈良は、営業という仕事をうまくこなせる自信があった。ところが売らなければならない商品は、一千万円をこえる高額な住宅。上司に大目玉を食らわない程度の営業成績は上げられても、自分が満足のいくようには売れなかった。
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一番になりたいわけではない。このままでも困らない。むしろそこそこの収入を得ながらこのあと結婚し、そのうち二人くらいの子供をもうけて定年まで生活していくには十分で居心地のいい職場だ。しかし平凡な人生に終始していいのか、悩んだ末に3年勤めた会社を25歳で辞めた。
サラリーマン時代の貯金でしばらくは遊んで暮らせたが、生来ぼーっとしていることが苦痛でたまらない。暇にまかせて知人に連絡をとるうちに、ウィンタースポーツ関連の会社を興した大学の先輩から手伝いにこないかと誘われた。夫婦でやっ
ているような小さな会社だったが、ふたつ返事で引き受けた。社長とは旧知の仲、 秋田県出身でスキーが大好きな奈良にとって、仕事は楽しく、ここも居心地のいい
場所だった。しかし、理由は分からないが、満足しない日々が続く。
「自分は何がしたいのだろう、何を求めているのだろう」
自問自答したが、答えはでない。体力と丈夫が取り柄だったが体調もよくなく、心身ともに滅入った。酒好きだけが幸いして、体のことも考えず、深酒の毎日が続いた。
とうとう奈良の体が悲鳴を上げたのは、27歳の時。腎臓を壊し、故郷秋田県へ戻らざるを得なくなった。そこでの一年の療養生活でもひたすら何をしたいかを考えていた。
「そして人に使われるのではなく、自分で何かをやりたいのだ」
という欲求に気づいた。彼の結論は独立が可能な税理士になること。決断すると、行動は早い。再び東京に舞い戻って大好きな酒を断って予備校に通い、3年かかって税理士の資格を取った。30歳を過ぎていた。
駆け出しの2年こそ先輩の会計事務所で経験を積んだが、実力をつけるにつれ独立の夢が頭をもたげた。不況で銀行の貸ししぶりにあうなか、持前の根性で32歳で念願の自分の会計事務所を開く。
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会計事務所の代表取締役になり、二人の従業員を使うようになった今も奈良には休息はない。朝8時には水道橋の雑居ビルの3階にある事務所に出勤。メールや留守番電話などのチェックを終えるとすぐに事務所を飛びだし、日中は都内近県に散らばるお客さんのところにこまめに顔を出す。忙しい合間を縫って経営を勉強するスクールに通い、若い起業家を世に送り出す手助けもする。相変わらず酒は好きで、奈良の活力源でもある。毎晩のように友人やお客さんと飲み歩く。
一つの目的を果たしたら次の目的をさがす。そんなストイックな考えかたは、これからも奈良を動かし続けていくだろう。
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