| JJ |
ワインブームやテレビドラマの影響などで、かっこ良さに憧れてシェフを目指す人も多いと聞いています。大塚さんのシェフを目指したきっかけは?
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| 大塚 |
最近はかっこ良さだけでシェフを目指す人が増えています。大学にも入れず、専門学校も続かない、でもフレンチ、イタリアンのシェフならトレンディだし、簡単になれそうだなと、軽い気持ちで料理学校に入る人が後をたたないようです。でも現実はそんなに甘くないんです。私の母校でも3分の1が中退です。たまに母校に求人などで連絡するといつもこの話題になります。
私は、実家がレストランを営んでいたので。シェフを目指すのは自然のことでした。幼い頃から美味しい料理にお客様が喜んでいる姿を見続けてきて、こんないい仕事はないな、と。スタイルとかファッションに憧れたわけではないんです。どちらかというと職人の道を極めるというようなそんなニュアンスです。 |
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| JJ |
ご専門はフレンチと聞いていますが。 |
| 大塚 |
洋食の基礎は、フレンチと思ってました。基本さえしっかりしていれば、イタリアの素材を使わずにイタリアンぽく作ったりとアレンジがいろいろ可能です。でも店で出すのはお客さんの多様な好みにあわせて、折衷的な料理が多いです。フレンチ、イタリアンとカテゴリーでくくるのはあまり意味の無いことと考えています。
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| JJ |
学校で専門的にフレンチを勉強されてから何処かで修行されていたのですか?こちらのお店ではどのくらいになるのですか? |
| 大塚 |
母校は辻調理師専門学校です。卒業後東京で何件かのレストランで働きました。まずは、西麻布のビストロドラシテ、ここは小さなお店なのですが老舗です。昔からの憧れで絶対にここで働きたいと思ってました。次は麻布十番のお店、前より少し規模が大きかったです。最後は飯田橋のお店でした。軒数をこなした理由は、いろんなタイプのお店で勉強したかったからですね。水戸に戻ることは決めてましたから、戻ったときに最高のサービスで最高の料理でお客様に喜んでもらいたいと考えていました。水戸に戻ったのは23歳の時でこの店では4年になります。
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| JJ |
レストランの仕事はまず接客が基本と聞きます。レストラン勤めは接客からスタートですね。辛くはないですか? |
| 大塚 |
どこのレストランでも同じです。ここで辞めていく人が多いですね。料理が作りたいのに毎日接客ばかりで我慢できなくなってしまうんです。正直最初は私もそうでした。腕には自信もあったし、どうしてフロアの接客だけで、料理を作らせてくれないのかと気に病みました。しかしある程度たつと、接客が逆に面白くなり苦では無くなります。自分は始めからレストランに関することはどんなことでも、吸収できるものはすべて吸収してしまおうと思ってましたし。辛くはありませんでした。よく人間関係で悩む方もいるようですが、幸い私は性格的にそういう悩みはなく過ごせました。 |
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| JJ |
学校での勉強は実践に役立ちましたか? |
| 大塚 |
私は、エコール・キュリネ−ル国立という当時まだ東京にできたばかりの学校の2期生でした。辻調グループは大阪を本拠地としていますが、いろいろな部門の専門学校があります。大阪は「食いだおれの街」と言われるように、食べる事が深く日々の市民の生活、文化に浸透しているので、学校を選ぶとき大阪も考えましたが、結局、東京のフランス料理専門のカレッジを選びました。そこはフランス料理のスペシャリスト養成所だったからです。 |
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| JJ |
どんなカリキュラムで勉強するのですか? |
| 大塚 |
実習が多く、素材をたくさん触る事によって経験を積ませ、現場での即戦力になれるような人材を育成するのが目的の学校でした。しかし理師師免許はとれません。通常の調理師専門学校は調理師免許を取れる勉強をするのですが私が行ったところは衛生法など、基本的なことだけしか学ばなかったのでテストを受けるまでは深くやりませんでした。完全現場重視の学校だったのです。 |
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| JJ |
調理師免許を持っているといないとでは働く上で何か違いがあるのですか? |
| 大塚 |
特にはないですが、あったほうが良いかと思いますね。私は水戸に帰ってきてから取りました。 |
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| JJ |
辻調グループは厳しい授業内容で知られていますがいかがでしたか? |
| 大塚 |
厳しかったですが、職人になるべくして生まれたというような人たちばかりだったので、皆必死に勉強していました。 |
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| JJ |
学校で料理以外に何か勉強しましたか? |
| 大塚 |
日常フランス語会話の基本も学びました。 |
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| JJ |
フランスには行かれたことはありますか? |
| 大塚 |
国立の学校を卒業後、留学試験を受け半年間フランス校にいきました。留学試験の内容はフランス語と基本的な料理の概論です。筆記、実技ともにあります。他に専攻基準のひとつにいままでの学校での成績も見られます。
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| JJ |
フランスではどちらに滞在されてたのですか? |
| 大塚 |
食の都」リヨンという町をご存知ですか?私は、リヨン郊外のお城を改造して作った学校でした。昔お城だったというだけあって、芝生がきれいな広い庭と、池があって鴨が泳いでいました。城の周囲は見渡す限り一面のブドウ畑。丘の向こうのそのまた向こうまでずっと。すばらしい所でした。サッカー場も近くにあって、地元の人はそこでスポーツを楽しんでいました。私もサッカーをいっしょにプレーしたりして楽しかった。世界共通のスポーツなので地元の人との交流としては最高です。
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| JJ |
学校生活はさぞ優雅だったんでしょうね? |
| 大塚 |
穏やかで刺激のある町でした。学校のあったお城はその昔、シャトード・レクレールと呼ばれていて、(日訳すると「雷城」)名前のとうり雷が落ちやすい場所にありました。高い丘の上です。全寮制で城の中で生活するわけですが、実に雰囲気のある建物でした。また授業の合間に友人と町のレストランを予約して、食事を楽しみながら料理の研究をしたりして、いい思い出です。
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| JJ |
授業はどうでした?日本とはまた違うんですか? |
| 大塚 |
実習はレストランそのものでした。実戦を重視するんです。街のレストランですることすべてが授業の内容でした。実際にお客さん役の班がオーダーして、それをサービス班が受けて、料理班が料理し給仕する。 |
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| JJ |
厳しかったですか? |
| 大塚 |
はい、でも私も含め皆、目的意識・職人意識が強い人達ばかりで、特に苦に感じたりしたことはありませんでした。学友はいつも料理の事しか考えていないような人たちばかりだったのです。
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| JJ |
学校の休みは?
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| 大塚 |
中1ヶ月ほどのバカンスがありました。ヨーロッパを自由にまわっていいと学校から許可があり、皆3、4人で色んな国を旅行していました。今思うと、目的は、多くの外国の文化に接し判断力をつける訓練と語学の鍛錬だったのかなと思います。行きあたりばったりの旅行で、たまに電車に乗り間違ったりアクシデントもありましたが、それはそれで楽しい思い出です。 |
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| JJ |
日本に帰ってきてから料理についてギャップを感じましたか? |
| 大塚 |
素材の違いは強く感じました。日本の素材は味が薄い。野菜等は特にそうです。フランスの野菜は不揃いですが味が明確です。例えばソースを作る場合、同じ素材で同じ分量で作っても絶対に同じ味にはできません。これは炒めても煮詰めても一緒でした。この原因は土壌の違いでしょうか?私は化学肥料の問題もあると思っています。
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| JJ |
日本の素材では物足りなさを感じるんじゃありませんか? |
| 大塚 |
味の違いはありましたが、私は日本の素材を活かす方法を考えるようになりました。
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| JJ |
今のお店ははじめてどれくらいになりますか? |
| 大塚 |
祖母の代からのお店なので、30年以上経ちます。始めはコーヒーショップでした。店内に美術品がズラッと並び、客は芸術家が多かったと聞いています。その数年後に現在のマスターである私の父が洋食レストランに変えました。
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| JJ |
今後のお店の目指すべき姿を一言。 |
| 大塚 |
まずは店を大きくしたいですね。新しいシェフを迎え入れ、料理人が刺激しあう環境をつくりたいです。切磋琢磨のなかで成長していくことができると思っています。加えてより良いサービスを追求し、お客様に食に関する新しい発見と体験をしていただける料理を提供していこうと考えています。 |
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□インタビューを終えて |
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オードリーヘップバーンの主演の映画で「麗しのサブリナ」というのがありました。アメリカの大金持ちの運転手の娘がパリの料理学校に留学して、洗練されて帰ってきて、大金持ちの長男とめでたく結ばれるお話です。まあ、御伽噺のような内容ですが、フランスというのは昔から人を何か素敵な存在に変えてしまう、そんな不思議なイメージがあります。
フレンチという言葉の響きに憧れるのは、それに接することで何か別の次元のセンスを身につけられるんではないかという希望の現われなのかもしれません。
大塚さんはフランスでフランス文化の洗練を知らず知らずのうちに身につけて、今水戸で自分なりのフレンチをつくりだそうと試行錯誤してます。でも、私たちからすれば、大塚さんのすること全てがなにか小粋な、別世界の洗練を体現しているようなそんな気になるってしまうのもフランスという国のマジックなのかもしれません。
お城の中で料理を勉強した数ヶ月は彼のすべての考え方、行動に影響を与えつづけています。これこそが圧倒的な付加価値であり、身を持って体験することの価値を学ぶことができまし
お洒落な料理職人が水戸にいます。それを僕らはとても素敵なことと考えます。是非大塚さんのお店で大塚さん独自のフレンチを味わってみてください。
教訓:いい仕事をしたいなら思いきって外の世界(本場)に出てみよう。
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